レビュー
概要
『それからぼくはひとりで歩く』は、視覚障害のある11歳の少年ハイメが経験する、一日の小さな冒険を描いた児童文学です。版元紹介によると、物語は「午前6時15分。朝の音がきこえる」という一文から始まります。ハイメは特別支援学校から地域の小学校へ転入したばかりで、クラスの中で視覚障害があるのは自分だけです。不便さはある。それでも工夫しながら生活し、友だちをつくり、毎日を楽しんでいる。そうした日常の上に、ある日の出来事が起こります。
きっかけは、気になっているクラスメイトのパウリーナを家まで送ることです。ところが、その流れでハイメは、ふだん一人では乗らないバスに乗って帰ることになってしまう。設定としてはとても静かですが、読んでみるとこれはかなり大きな事件です。見える子どもにとっての「知らない道」より、見えない子どもにとっての「慣れていない移動」は、ずっと複雑で、ずっと具体的な不安をともないます。本書はその緊張を、過剰な悲壮感ではなく、ハイメの生活感の中で描きます。
読みどころ
第一の読みどころは、世界の捉え方です。物語の始まりが「朝の音」から書かれているように、本書は見えることを基準に世界を組み立てません。音、気配、人の声、移動の感覚、覚えている順路。そうしたものが、ハイメにとってどれほど重要かが自然に伝わってきます。読者は、説明を受けるというより、ハイメの感覚の配列を追いかけることで、いつのまにか別の世界の見え方へ連れていかれます。
第二の読みどころは、インクルーシブ教育の描き方です。ハイメは地域の小学校へ転入したばかりで、視覚障害のある子はクラスで一人だけです。この設定だけでも、本人の緊張、周囲の戸惑い、学校側の配慮など、いろいろな問題が想像できます。本書はそれを制度の話にせず、子どもの日常の中で見せていきます。友だちをつくること、工夫して生活すること、少し気になる相手ができること。そういう当たり前の生活こそ大切です。
第三の読みどころは、「一人で帰る」という行為の意味です。パウリーナを送るという行動は親切であり、少し背伸びでもあります。けれど、その先にある一人の移動は、ただの移動ではありません。自立の練習であり、こわさとの付き合い方であり、自分で状況を判断することでもあります。本書は、その1回の帰り道へ、子どもが成長するときの本質をきれいに詰め込んでいます。
本の具体的な内容
この物語の良さは、ハイメを「がんばる障害児」として固定しないところにあります。版元紹介にもあるように、彼は不便さを抱えつつも、工夫して生活し、友だちをつくり、毎日を楽しんでいます。つまり物語の出発点は、困難の告白ではなく、すでに生きている日常です。そのうえで、地域の学校という新しい場に入ったことで、あらためて周囲との距離や違いが浮かび上がってきます。ここがとても誠実です。
そしてパウリーナの存在が、物語にさりげなく熱を入れます。「気になっているクラスの女の子」という紹介だけで、子どもの感情の細やかさが伝わります。手助けしたい。近づきたい。よく見せたい。そうした気持ちが、ハイメを一歩前へ動かします。児童文学として、この動機づけがとても自然です。正しさのためだけに行動するのではなく、好意や照れくささが混ざっているから、ハイメの行動が生きたものになります。
そこから「ふだん一人では乗らないバス」に乗る流れこそ、本書の核心です。バスに乗ること自体は日常の小さな出来事です。けれど、ハイメにとってそれは、音の情報、降りるタイミング、人への助けの求め方、空間の記憶など、複数の判断を重ねる必要がある行為です。本書は、その緊張を大事件のように煽りません。むしろ、当人にとってのリアルな大きさで描くからこそ、読者は「一人で帰る」ことの意味を自分の問題として受け取れます。
また、本書にはソーシャル・インクルージョンの視点が通っています。著者アリシア・モリーナは、障害のある子どもたちの包摂に取り組んできた人でもあります。その背景があるからか、物語は教訓を押しつけるのではなく、日常の中の障壁と工夫を淡々と見せます。特別扱いだけでも放置でもなく、本人の工夫、周囲の関わり、学校という環境のあり方を、一日の冒険へ自然に埋め込んでいるのが上手です。
類書との比較
障害のある子どもを主人公にした物語には、読者へ「理解」を促すことが前面に出るものがあります。それ自体は大切ですが、説明が先に立つと、主人公が「学ぶための存在」になってしまうことがあります。本書はそうなりません。ハイメはまず一人の11歳の少年です。学校があり、友だちがいて、気になる相手がいて、ちょっとした無茶もする。その自然さが、本書を強くしています。
また、冒険小説として見ても面白いです。ドラゴンが出るわけでも、遠くの国へ行くわけでもありません。けれど、子どもにとって本当に大きい冒険は、知らない場所を一人で移動することだったりします。本書はそのスケール感を信じていて、だからこそ読後の余韻が大きいです。
こんな人におすすめ
小学校高学年の読者にはもちろん、学校でインクルーシブ教育を考える大人にもおすすめです。子どもの自立を応援したい親や先生が読むと、「手を出しすぎないこと」と「放っておくこと」は違うのだと考えさせられます。
また、視覚障害について知りたい人にも向いていますが、知識を得るためだけに読むより、「ひとりの子どもの一日」を追うつもりで読んだ方が、この本の豊かさは伝わると思います。
感想
この本を読んでいちばん印象に残ったのは、「朝の音」から始まるところでした。世界を説明する入り口が変わるだけで、読者の姿勢も変わります。見えることを当然としない語りは、ハイメの一日を特別なものではなく、彼にとっての普通として感じさせてくれます。そのうえで、普通の中にある大きな挑戦が浮かび上がってくる。構成がとてもうまいです。
そして、パウリーナを送ることから始まる帰り道の冒険が素晴らしいです。好意、勇気、不安、自立が1つの出来事に重なっていて、児童文学らしい清潔さがありながら、感情の輪郭は甘くありません。大きな声で感動を迫る本ではないのに、読み終えるとハイメの前進がしっかり伝わってきます。静かで、強い一冊でした。