レビュー
概要
『リヒト! (文研ステップノベル)』は、祖母が残した封筒をきっかけに、主人公の理人が自分の知らなかった家族の顔と向き合っていく児童文学です。文研出版の紹介文では、冒頭に「理人、最後に伝えておきます」という祖母・節さんの言葉が置かれています。しかも理人が受け取るのは、中身のわからない封筒です。節さんは何を伝えたかったのか。そもそも、節さんとはどんな人だったのか。理人はその疑問を抱えたまま、「苦手なあいつ」とドイツへ向かうことになります。
この設定だけでも十分に引きがあります。けれど本書の良さは、単なる謎解きや旅行小説で終わらないところにあります。亡くなった家族をあとから知り直すこと。近しいはずの大人に、実は知らない面がたくさんあったと気づくこと。そして、自分にとって嫌な相手と一緒に旅をしなければならないこと。そうしたいくつもの気まずさが重なりながら、理人の視界が少しずつ変わっていく。成長物語としてかなり筋の良い作りです。
読みどころ
第一の読みどころは、祖母・節さんの存在の大きさです。紹介文にあるとおり、理人にとって問題なのは、封筒の中身そのものだけではありません。「節さんってどんな人だった?」という問いが物語の中心にあります。家族というのは、近くにいるからこそ、逆に「知っているつもり」になりやすいものです。本書はその思い込みを崩し、亡くなった祖母の人生や感情を、理人が旅の中で組み立て直していく話として読めます。
第二の読みどころは、「苦手なあいつ」との同行です。児童文学では、仲の良い友だちと冒険する話がよくあります。けれど本書は別の型です。最初から関係がこじれている相手と、異国へ向かうことになる。この設定のおかげで、ドイツ行きは単なる観光イベントで終わりません。理人にとってかなりしんどい体験になります。だからこそ、相手を見る目がどう変わるか、理人自身がどうふるまうかが物語の芯になります。
第三の読みどころは、ドイツのクリスマスマーケットという舞台です。版元紹介の「光あふれる異国のクリスマスマーケット」という一文が象徴的ですが、この本では旅先のきらびやかさが単なる背景ではありません。理人の中にあるわからなさやこわばりへ、異国の空気や光が別の見方を与えていく。家族の記憶をたどる話と、見知らぬ土地へ出る話が、きれいに1つにつながっています。
本の具体的な内容
本書のいちばんうまいところは、謎の立て方にあります。読者が最初に受け取るのは、「理人、最後に伝えておきます」という祖母の声です。強い言葉ですが、それだけでは何もわかりません。封筒の中身も見えないし、節さんの意図もわからない。そのうえで「そもそも節さんってどんな人だった?」という問いが出てきます。つまり、この物語は秘密を解くだけではなく、近しい人を理解し直す過程そのものがテーマになっています。
そこへ、ドイツ行きという外的な移動が重なります。しかも一緒に行くのは「苦手なあいつ」です。この設定が効いているのは、理人が内面へ閉じこもりきれない点です。祖母のことを考えたいのに、現実には同行者とのやりとりがあり、慣れない土地での戸惑いもある。悲しみや疑問を一人で整理するのではなく、他人との摩擦の中でしか見えてこないものがあると感じさせます。子どもの読者にも、気持ちの整理はいつも静かな場所で起きるわけではないと伝わります。
また、クリスマスマーケットという選択も意味深いです。光、にぎわい、異文化、祝祭。そうした場所は、気持ちが晴れる舞台としても使えますが、本書ではそれ以上に、「知らなかった世界に触れることで、知っていたはずのものを見直す」装置として働いているように見えます。理人は異国を見ると同時に、節さんの人生や自分の家族の輪郭を別の角度から見ることになる。旅の景色が、そのまま認識の変化へつながっているのがいいです。
さらに、本書は家族の物語でありながら、説教臭くありません。祖母の思い出をきれいにまとめるのではなく、知らなかったこと、聞けなかったこと、今さら答えが出ないことをちゃんと残している感じがあります。児童文学としては、ここが大事です。子ども向けの本には、ときどき「最後に全部わかってすっきりする」型がありますが、本書はもう少し複雑で、人を知ることの不完全さを抱えたまま前へ進むタイプの物語に近いと感じました。
類書との比較
家族の秘密を追う児童文学や、旅を通じて成長する物語は昔からあります。ただ、本書はその2つを重ねながら、「亡くなった祖母を知り直す」という切実な問いを置いている点が特徴です。単なる海外体験談ではなく、また単なる感動的な家族小説でもありません。理人の疑問、同行者とのぎこちなさ、ドイツのクリスマスマーケットという舞台がそれぞれ独立せず、物語の中で役割を持っています。
また、児童文学には友情の立て直しを主軸にした作品も多いですが、本書は友情だけに寄りません。家族、記憶、異文化、気まずい人間関係が並行して進むので、読後の手触りが少し厚いです。高学年向けの読み応えを求める読者には、この複層性が強く残るはずです。
こんな人におすすめ
家族のことをもっと知りたいと思い始めた小学校高学年の読者に向いています。亡くなった祖父母との思い出がある子、近しい人の知らない顔に驚いた経験がある子には特に響くと思います。また、海外の空気を感じられる物語が好きな子や、ただ仲良くなるだけではない少し難しい人間関係を読みたい子にもおすすめです。
大人が読むと、子どもが家族をどう見ているかを考え直すきっかけにもなります。身近な存在ほど説明しなくてもわかると思いがちですが、本書はその危うさを静かに示します。
感想
この本を読んでよかったのは、祖母の死を「いい思い出」にすぐ閉じ込めないところでした。残された封筒があり、聞けなかったことがあり、知らなかった節さんの部分がある。大切な人のことでも、全部はわからない。その前提に立っているからこそ、理人が旅の中で得るものに重みが出ます。
特に印象に残るのは、「苦手なあいつ」とのドイツ行きです。もし気の合う相手との旅行だったら、この話はもっと素直な感動物語になっていたかもしれません。でも本書はそうしません。人間関係のぎこちなさを抱えたまま旅に出ることで、理人の気持ちの変化がきれいごとに見えなくなるのです。光の多いクリスマスマーケットの景色と、理人の中にある整理のつかない感情。その組み合わせが印象的な一冊でした。