『八十日間世界一周』レビュー
出版社: 東京創元社
¥1,177 Kindle価格
出版社: 東京創元社
¥1,177 Kindle価格
『八十日間世界一周』は、「期限」と「旅」を掛け合わせた、古典的な冒険小説です。たった80日で世界を一周する。今読むと無茶ですが、その無茶を現実に寄せるための工夫が、この物語の面白さだと感じました。
主人公の旅は、根性で走り切る話ではありません。移動手段、時刻表、遅延、通貨、交渉。つまり、計画と判断の連続です。読んでいると、旅のスリルと同時に、意思決定の緊張が伝わってきます。
世界が狭く感じるときに読むと、効きます。実際に旅に出なくても、物語の速度と距離感が、頭のスケールを広げてくれるからです。
世界一周は、計画だけでは回りません。予定外の遅れ、トラブル、勘違いが積み重なります。
それでも物語が前に進むのは、予定を守る力より、予定が崩れたときの修正力があるからです。リカバリーの判断が、冒険の面白さを作っています。
主人公は、衝動で動くタイプではありません。規律で動く。だからこそ、予想外の出来事が起きたときの「柔軟さ」が際立ちます。
計画を守るために、あえて計画を捨てる。そういう逆説が、物語の熱を作っています。読んでいて、意思決定の背筋が伸びます。
この作品は、旅の描写が魅力なのに、観光の本ではありません。締切があるから、寄り道はできない。だからこそ、読者はページをめくってしまいます。
現代でも、締切は苦しいものです。でも締切は、物語も人生も動かす装置になります。そういう意味で、古典でありながら“今っぽい”推進力があります。
古典は、現代の価値観とズレます。そこを無理に消す必要はないと思います。
むしろ、時代の前提が違うからこそ「自分ならどう読むか」が出てきます。冒険のワクワクと、違和感の両方を扱える読書になります。
旅は、景色だけで成立しません。同行者との掛け合いがあると、急に生き物になります。
この作品は、旅の最中の会話や小さなすれ違いが、テンポを作っています。締切の緊張を、ユーモアでほどく。この緩急があるから、古典でも読みやすいと感じました。
冒険小説には、自然の脅威と戦うタイプと、人間関係のドラマが中心のタイプがあります。本書は、そこに「時間」という制約を強く入れています。
だから、派手なバトルがなくても面白い。旅のトラブルが、すべて“時間”に跳ね返ってくる構造が巧いです。
逆に、心理描写をじっくり味わうタイプの小説を求めると、ややドライに感じるかもしれません。人物の内面より、状況と判断が中心です。
この物語が気持ちいいのは、「大きな夢」を、具体の行動に落としているところです。
世界一周という派手な目標も、やっていることは小さな判断の積み重ねです。次の交通手段を選ぶ。遅れを回収する。必要な交渉をする。そういう現実の連続が、冒険を地に足のついたものにしています。
読むと、目標に対する見方が少し変わります。気合ではなく、設計で近づく。古典なのに、実用書みたいな読後感がありました。
また、時間が敵にもなれば、味方にもなる描き方が上手いです。遅れれば詰む。だから焦る。でも焦っても進まない。だから淡々と次を決める。この感情の揺れが、読者の呼吸をつかみます。
読後に次の3つを考えると、この本が“自分の話”になります。
親子で読むなら、「もし今やるなら、何日で一周できる?」と話すのも面白いです。地図や時刻表を見ながら、現代の移動手段で計画を立てる。物語が、会話の材料になります。
冒険として楽しく、考える材料も残る。古典を1冊読みたいときにちょうどいい作品です。
読み終えるころには、「期限のある挑戦」を少し前向きに捉え直せるはずです。