レビュー
概要
『集団浅慮』は、『嫌われる勇気』で知られる古賀史健が、2025年に日本社会を揺るがしたフジテレビ事件の第三者委員会調査報告書を起点に、組織の意思決定が歪むメカニズムを解き明かした一冊です。書名にもなっている「集団浅慮(groupthink)」は、1972年にアメリカの社会心理学者アーヴィング・L・ジャニスが提唱した概念で、「凝集性の高い集団が全員一致を求めるあまり、他の選択肢を現実的に評価する力を失う思考様式」を指します。
本書は序章から第4章で構成されています。序章でフジテレビ事件の概要を整理し、第1章で経営陣の対応を検証、第2章でジャニスの集団浅慮理論を導入して「なぜ組織は間違えるのか」を構造的に分析します。第3章ではダイバーシティと集団浅慮の関係を「オールドボーイズクラブ」の概念を通じて論じ、第4章では人権という視点から企業の社会的責任を問い直します。
著者自身が「最初で最後のビジネス書かもしれない」と述べているように、従来の著作とは趣を異にした硬質なトーンが貫かれています。しかし、古賀さんの文章力はここでも健在で、社会心理学の専門概念を読者が自分の経験に重ねられる形で提示しています。
読みどころ
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フジテレビ事件の構造分析: 第三者委員会報告書を丹念に読み込み、経営陣の対応を「個人の資質」ではなく「組織の構造的問題」として描き出す点が本書の核心です。編成部門の3人の男性幹部が、女性被害者の視点も専門家の助言もなく独断で処理した経緯は、集団浅慮の兆候がすべて揃った事例として説得力があります。
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ジャニスの理論の平易な導入: 集団浅慮の8つの兆候(不敗幻想、集団の道徳性への確信、都合のいい合理化、外部へのステレオタイプ、異論者への圧力、自己検閲、全会一致の幻想、自己任命された用心棒)を、フジテレビの事例と重ね合わせることで、学術概念が生きた知識として立ち上がります。
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同調圧力の3段階プロセス: 異論者に対して組織がどう反応するかを、説得→疎外→排除の3段階で描写している点は、多くの読者が「自分の職場でもこれが起きている」と感じるのではないでしょうか。
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「オールドボーイズクラブ」とダイバーシティ: 第3章で展開されるダイバーシティ論は、「多様性は正しいから必要」という道徳論ではなく、「多様性は集団浅慮の構造的な防波堤になる」という実利的な主張として提示されます。日本企業のメンバーシップ型雇用が生む同質性の問題を、集団浅慮理論と接続したのは鮮やかです。
類書との比較
集団の意思決定の失敗を扱った本として、日本では『失敗の本質』(戸部良一ほか)が広く読まれています。『失敗の本質』は旧日本軍の作戦を組織論の視点で分析する名著ですが、古賀さんの『集団浅慮』はアプローチが異なります。
『失敗の本質』が「組織の構造」から失敗を読み解くのに対し、『集団浅慮』は「集団の心理メカニズム」から失敗を読み解きます。両書に共通するのは「個人の優秀さは組織の愚かさを防がない」という認識ですが、処方箋の出し方が違います。『失敗の本質』が自己変革の必然性を提起するのに対し、『集団浅慮』は意思決定プロセスの具体的な設計変更を促します。
また、ジャニスの原典『集団浅慮ー政策決定と大失敗の心理学的研究』(新曜社)と比べると、古賀さんの本はジャニスの理論を土台にしつつ、日本の現代企業の事例に落とし込んでいるため、実務家にとってはこちらの方が手に取りやすいでしょう。逆に、ピッグス湾事件やキューバ・ミサイル危機といった歴史的事例を深く知りたい場合は、ジャニスの原典が補完的に機能します。
こんな人におすすめ
- 会議で違和感を覚えながら「場の空気」を読んで黙ってしまった経験がある人
- 組織の不祥事ニュースを見て「なぜあんな判断をしたのか」と不思議に思う人
- チームの意思決定プロセスを改善したいマネージャーやリーダー
- ダイバーシティの必要性を「正しいから」ではなく「実利があるから」として理解したい人
- 『嫌われる勇気』を読んで古賀史健のファンになった人が、著者の新たな一面に触れたい場合にも
逆に、フジテレビ事件そのものに対する批評や告発を期待する読者には向きません。本書の目的は特定の組織の断罪ではなく、集団浅慮という構造の解明と、その防止策の提示にあります。
感想
本書を読み終えて最も強く残ったのは、「善意の人間が集団になったとき構造的に判断を誤る」というテーゼの怖さです。集団浅慮の主語は「悪い人」ではなく、「普通に善良で、個人としては優秀な人たち」です。だからこそ、当事者は自分たちが集団浅慮に陥っていることに気づけない。
古賀さんの文章は、フジテレビの経営陣を「悪人」として描かない。そこが本書の品格だと感じました。問題の本質を「この人たちが悪かった」に回収してしまうと、読者は「自分は違う」と安心して本を閉じてしまう。しかし古賀さんは、集団浅慮が「構造」の問題であることを丁寧に論証することで、読者を「あなたの組織でも起きうる」という認識へ導きます。
帯の「『自分は差別もハラスメントもしていない』というすべての人へ」という一文は、読了後にその重みが増します。集団浅慮の構造の中では、「何もしていない」こと自体が、誤った意思決定への加担になりうる。沈黙は同意と解釈され、全会一致の幻想を補強する。この気づきは、読む前と読んだ後で世界の見え方を変えるものでした。
実務的には、意思決定プロセスの設計(反対役の設置、リーダーの発言順序、事前メモ方式など)がすぐに使える知見として残ります。組織論としての射程と、実践ガイドとしての具体性を両立させた、稀有な一冊です。