レビュー
概要
『自生の夢』は、飛浩隆さんによる短篇集であり、2010年代の日本SFを代表する作品集としてしばしば名前が挙がる一冊です。国会図書館サーチでは著者は飛浩隆さん、出版社は河出書房新社と確認できます。河出書房新社の紹介では、第38回日本SF大賞受賞作であり、「73人を言葉だけで死に追いやった稀代の殺人者が、怪物〈忌字禍〉を滅ぼすために召還される」という強烈な触れ込みが置かれています。さらに書誌サイトでは、今世紀に発表された読切短編をまとめた作品集で、星雲賞受賞作2編を含むことも分かります。
この本の魅力は、単に奇抜な設定があることではありません。飛浩隆作品に特有の、言葉、身体、記憶、ネットワーク、世界の質感が、互いに境界を失っていく感覚が全編にあります。読んでいると、出来事を追うというより、思考や感覚の層に潜っていくような読み心地になります。SFでありながら、論理だけでなく官能性や不穏さが強く、どこか詩のようでもあります。
本の具体的な内容
表題作「自生の夢」は、とりわけ印象の強い一編です。河出の紹介文にある〈忌字禍〉という語からも分かるように、ここでは言葉そのものが災厄として働きます。言葉が人を傷つけるという比喩ではなく、もっと物質的で現実的な力として世界に食い込んでくる。この発想がまず圧倒的です。しかも、その異様な設定が単なるギミックで終わらず、人間の意識や記憶、社会との接続の仕方にまで踏み込んでいくため、読後には妙に生々しい感触が残ります。
この作品集を読んでいると、飛浩隆さんが関心を向けているのは未来技術そのものというより、技術や情報によって変質していく人間の知覚だと感じます。ネットワーク化された世界では、距離や時間の感覚、他人とのつながり、死者の残り方まで変わってしまう。本書はその変化を説明するのではなく、読者自身に体験させるように書きます。だから、分かりやすい未来像を求める人には難しく映るかもしれませんが、逆に、SFだからこそ到達できる思考の深さを味わいたい人にはたまらない一冊です。
また、短篇集であることも大きいです。長編では1つの世界設定に読者を慣れさせていくのに対し、短編では毎回違う角度から異物が差し込まれます。そのたびに世界の手触りが変わるので、読者は安心して読み流せません。しかも本書は、単発のアイデア集ではなく、言語、認識、身体、接続というモチーフが通底しているため、読み進めるほど作者の想像力の核が見えてきます。収録作ごとの振れ幅と、作品集全体の統一感が両立しているところが非常に強いです。
類書との比較
日本SFの短篇集には、アイデアの鮮やかさを前面に出すものも多いですが、本書はそれだけではありません。概念の尖り方と、文章の湿度や触覚が同時にあるため、単なる「設定勝ち」の作品集にはならない。哲学的で難解なのに、妙に身体感覚へ訴えてくる。この独特の読後感は、他のSF短編集ではなかなか代えがたいものです。
表題作の強烈さだけでなく、短篇集としての密度も見逃せません。読切の集合でありながら、言語が世界を変質させる感覚や、認識が身体へ返ってくる不穏さが全体を貫いています。そのため、一編ごとに切り離して読むより、作品集としてまとめて味わったほうが、飛浩隆さんの想像力の輪郭がよりはっきり見えてきます。
こんな人におすすめ
- 日本SFの最前線に触れたい人
- 物語の筋よりも、世界の感触や言葉の力に強く引かれる人
- 読みやすさより、濃い読書体験を求める人
感想
『自生の夢』は、すらすら読めるタイプの本ではありません。けれど、読みにくさそのものが作品の価値になっています。言葉がどこまで現実を侵食できるのか、情報化された世界で人の意識はどう変わるのか、身体と記憶は何によってつなぎ止められるのか。そうした問いが、設定や説明ではなく、作品の肌触りとして迫ってきます。読んでいる最中は戸惑うのに、読み終わると頭のどこかにずっと残り続ける。日本SFの強度を知りたい人には、かなり濃い一冊です。表題作だけでなく、作品集全体を通して読むことで、飛浩隆さんの言語感覚の異様な強さがより鮮明に伝わってきます。難解さの先にある快感まで味わえる人には、忘れがたい読書体験になるはずです。時間を置いて再読すると、最初に見えなかった怖さや美しさがさらに立ち上がってきます。賞受賞作として話題になる理由も、読み返すほど納得できる作品集です。短編ごとの余韻を抱えたまま次の作品へ進む感じも独特です。再読向きです。