レビュー
概要
『森に帰らなかったカラス』は、1957年のロンドン郊外を舞台に、11歳の少年ミックと一羽のニシコクマルガラスのあいだに生まれる関係を描いた児童文学です。ミックは森でけがをしたヒナを見つけ、家に連れ帰って手当てし、「ジャック」と名付けます。本来なら元気になったら森へ返すはずだった存在が、パブを営む家や町の人びとのあいだに居ついてしまう。そこから物語は、動物との交流だけでなく、人と町がどうつながるか、そして戦争の記憶を抱えた大人たちがどう生きているかへ広がっていきます。
この本の良さは、動物ものにありがちな「かわいい」「感動した」だけで終わらないことです。ジャックはたしかに愛らしく、町の人気者になっていきますが、同時に人間の都合で飼いならされるべき存在でもありません。森へ帰すのが正しいのか、でも本人のように見えるジャックは人のそばを選んでいるようにも見える。その答えの出なさが、この物語をやさしいだけの話にしていません。
読みどころ
まず印象的なのは、ジャックが町じゅうを巻き込む存在になっていく過程です。パブを散らかして母親や従業員に嫌な顔をされたり、電車に乗って隣町まで運ばれてしまったり、よそのおばあさんに連れていかれたりするたび、ミックや近所の子どもたち、パブの常連客までが総出で探し回る。この一つひとつの騒動が、少年と鳥の友情だけでなく、町の人間関係を少しずつ見せてくれます。ジャックを探す時間が、そのまま人と人が顔を合わせる時間になっているのです。
ミックの家が駅前のパブであることも効いています。酔客、常連、働く大人、通りすがりの人が交差する場所だからこそ、ジャックは単なる「家庭のペット」では終わりません。いろいろな人の目に触れ、可愛がられ、時に厄介者として扱われながら、町の共有財産のような存在になっていきます。児童文学として読むとにぎやかで楽しい場面が多いのですが、その背後には、戦後の社会で傷を抱えた大人たちが少しずつ心をほぐしていく物語も重なっています。
とくに本書で忘れがたいのは、ミックの父の兵士時代の心の傷が、ジャックの物語と静かに交差するところです。戦争の話を大げさに前面へ出すのではなく、日常の沈黙や大人の表情のかたさの中に、その傷が残っている。ジャックという予測不能な生き物に振り回される日々のなかで、ミックは動物の世話だけでなく、大人の痛みや言葉にならない記憶にも触れていきます。この重なりがあるから、読後に残るものが単なる動物との友情以上になります。
また、ジャックを「野生に返すべきか」というテーマも大事です。善意だけで野生動物を人の生活に留めていいのかという問いは、今の感覚で読んでもかなり切実です。ミックはジャックを大切に思うからこそ手放したくないし、両親は閉じ込めておくのはかわいそうだと考える。どちらにも理があるので、話がきれいな結論に流れません。児童文学としてはここがとても誠実で、「好きだから一緒にいる」がそのまま正しさにはならないことを、子どもにもわかる形で示しています。
実話をもとにしている点も本書の魅力です。現実に起きたからこその細部があり、ジャックが町で事件を起こすたびの空気や、人びとの反応に作り物っぽさがありません。動物譚として楽しく読める一方で、戦後の町の生活や、子どもが大人の事情を少しずつ知っていく成長物語としても厚みがあります。
類書との比較
動物と子どもの友情を描く児童文学は多いですが、本書は自然礼賛や感動一色に振れないのが特徴です。野生動物との距離、人間の都合、戦争の余波、地域社会のつながりまで入ってくるので、読み味は思った以上に立体的です。かわいい鳥の話として入れるのに、読み終えると「人間が野生とどう付き合うか」という難しい問いまで残ります。
課題図書として選ばれるのも納得で、感想文の題材がひとつに固定されにくい本です。ジャックの自由、ミックの優しさ、父の傷、町の人とのつながり、野生動物を飼うことの是非など、どこに注目しても自分の考えを書きやすいと思います。
こんな人におすすめ
動物ものが好きな子どもにはもちろん向いていますし、感動だけで終わらない児童文学を探している大人にもすすめやすい一冊です。学校の読書感想文用に選ぶ本としてもかなり優秀で、物語として面白い上に、考える材料が多いです。逆に、ずっと明るく可愛いだけの話を期待すると、戦争の傷や別れの気配があるぶん、少し重く感じる場面もあるかもしれません。
感想
読んでいて特に良かったのは、ジャックが「人間を癒やすための道具」になっていないことでした。もちろんミックや町の人はジャックに救われます。でもジャック自身は、人間に都合よく振る舞うわけではなく、勝手に飛び、勝手に騒ぎを起こし、勝手に誰かの心を動かします。その自由さが最後まで失われないので、物語に本当の意味での野生が残ります。
ミックがジャックを通じて学ぶのは、命を世話することだけではありません。好きな相手でも思いどおりにはできないこと、大人は見えない傷を抱えていること、町の人びとは迷惑をかけ合いながらも支え合っていること。そうした気づきが静かに積み重なっていくのがとてもよかったです。読みやすいのに薄くなく、やさしいのに簡単ではない。課題図書としてだけでなく、長く手元に残しておきたくなる児童文学でした。