Kindleセール開催中

55冊 がお得に購入可能 最大 99%OFF

レビュー

概要

『本を読めなくなった人たち』は、読書術の本ではありません。集中力を高める方法や速読のコツを教える本でもなく、まして「最近の若者は本を読まない」と嘆くだけの本でもありません。著者の稲田豊史は、前作『映画を早送りで観る人たち』で扱ったコスパやタイパの感覚を、今度はテキストメディアへ持ち込みます。つまり本書の関心は、「本を読むべきか」ではなく、「いま人はどんな情報環境の中で本を読めなくなっているのか」にあります。

そのため本書は、読者個人の根性論より、無料ウェブメディア、抜粋記事、電子書籍、書店、紙の本といった接触環境の変化を追っていきます。しかも「本を読まない人たち」だけでなく、「本と出合えない人たち」「本屋に行かない人たち」と章を分けているので、読書離れをかなり解像度高く分解しているのが特徴です。

読みどころ

まず引き込まれるのは、第1章が「ニュースを無料で読む人たち」から始まることです。普通なら読書論は本そのものから始めそうですが、本書はそうしません。日常的なテキスト接触の入口である無料ウェブメディアの現状から入り、その延長線上で本の読まれ方の変化を見る構成になっています。ここから、本書が単なる読書論ではなく、テキスト消費全体をめぐるメディア論であることがはっきりします。

第2章と第3章の切り分けも巧みです。「本を読まない人たち」と「本と出合えない人たち」を別問題として扱うことで、読まない理由を意欲不足だけにしません。おもしろさを感じる前に離脱すること、無料の抜粋記事や要約で済ませる導線が強すぎること、電子書籍やSNS経由では偶然の出合いが起きにくいことなど、読書のつまずきが複数見えてきます。ここは読書好きほど耳が痛いけれど、かなり現代的な論点整理だと思います。

さらに、第4章の「本屋に行かない人たち」と終章の「紙の本に集う人たち」も重要です。本屋を単なる販売チャネルではなく、本との偶然の遭遇が起きる場として捉え直しているからです。そして最後に「読者と消費者」という対比が置かれることで、本を作品として受け止める行為と、効率よく情報を摂取する行為の違いが浮かび上がります。この終わり方のおかげで、本書は懐古ではなく現在進行形の文化論として締まります。

しかも本書は、著者の思い込みだけで押し切るのではなく、「本を読めない人たち」への取材や、出版社とウェブメディアをめぐる現状のリポートを軸に据えています。だから、読書をめぐる議論がありがちな精神論や世代論に流れにくいです。個人の集中力の低下だけではなく、コンテンツの供給構造まで視野に入るので、問題の輪郭がかなり立体的に見えてきます。

類書との比較

一般的な読書本は、「どうすれば本が読めるようになるか」「どんな本を選べばいいか」に焦点を当てます。本書はそこより一段外側に立っています。なぜ長いテキストに向き合うこと自体が難しくなっているのか、なぜ読書の前に別の短いメディアが勝ってしまうのか、なぜ書店が遠くなったのか。そうした環境要因を追うので、自己改善本というより社会観察の本として読むほうがしっくりきます。

また、『映画を早送りで観る人たち』の続編的な位置づけでもあるため、映像消費の効率化と読書の変化をつなげて考えたい人には特に面白いはずです。倍速視聴やネタバレ消費の問題意識が、本という遅いメディアへどう及ぶのかを考える補助線になります。

こんな人におすすめ

昔より長い文章が読めなくなったと感じる人、若い世代の読書離れを感覚論ではなく構造で理解したい人、書店や紙の本の意味をいまの時代に引きつけて考えたい人に向いています。逆に、すぐに読書習慣を取り戻すノウハウを求める人には少し遠回りに感じるかもしれません。本書は処方箋より、診断に強い本です。

感想

この本のよさは、「本を読めない」を怠惰の一言で片づけないところです。無料のニュース、抜粋記事、電子書籍、書店の減少、可処分時間の奪い合い。そうした条件が重なって、長いテキストに向き合う回路そのものが細くなっているのだと見せてくれます。だから読んでいて、自分や他人を責める気持ちより、状況を見直す視点のほうが強く残ります。

特に印象に残ったのは、「読者」と「消費者」を分けて考える終章の視点でした。本を読むことが、ただ効率よく情報を得る行為になってしまうと、読書の価値は別の短いメディアに負けやすくなります。でも、本との偶然の出合いや、すぐ役に立たない時間を引き受ける行為まで含めて考えると、読書の意味はまだかなり大きい。本書はそのことを、説教ではなく取材と観察を通して考えさせてくれる一冊でした。

読書好きだけがうなずく本ではなく、読めなくなった側の感覚も理解しようとするところに誠実さがあります。いま読書をめぐって起きていることを考える入口として、かなり重要な本でした。

この本が登場する記事(1件)

本の虫達

要約・書評・レビューから学術的考察まで、今話題の本から知識を深めるための情報メディア

検索

ライター一覧

  • 高橋 啓介

    高橋 啓介

    大手出版社で書籍編集を10年経験後、独立してブロガーとして活動。科学論文と書籍を融合させた知識発信で注目を集める。
  • 森田 美優

    森田 美優

    出版社勤務を経てフリーライターに。小説からビジネス書、漫画まで幅広く読む雑食系読書家。Z世代の視点から現代的な読書の楽しみ方を発信。
  • 西村 陸

    西村 陸

    京都大学大学院で認知科学を研究する博士課程学生。理系でありながら文学への造詣も深く、科学と文学の交差点で新たな知の可能性を探求。
  • 佐々木 健太

    佐々木 健太

    元外資系コンサルタントから転身したライター。経済学の知識を活かしながら、健康・お金・人間関係の最適化を追求。エビデンスベースの実践的な知識発信を心がける。

Social Links

このサイトについて

※ 当サイトはアフィリエイトプログラムに参加しています。