レビュー
概要
『BUTTER』は、男たちの財産を奪い殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子をめぐり、週刊誌記者・町田里佳が面会取材を重ねる中で、自分の身体感覚や欲望、そして周囲の人間関係まで変わっていく長編小説です。事件の“真相”を暴くミステリーというより、社会の視線にさらされる女性の生きづらさや、メディアの消費構造をえぐる物語として読めます。
梶井は「フェミニスト」と「マーガリン」を嫌悪し、里佳にある命令を出します。その命令が、食、身体、自己像に関わる“スイッチ”になっていく。タイトルのバターは、単なる食材ではなく、欲望の象徴として物語の中心に置かれています。
読みどころ
1) “加害者”と“取材者”の関係が、簡単に固定されない
梶井真奈子は、若くも美しくもない。それでも男たちを惹きつけ、事件を起こした。なぜなのか。里佳はその「なぜ」を追いますが、取材が進むほどに、梶井を“説明できる存在”として扱えなくなっていきます。分かりやすい悪役にしないのが、この作品の強さです。
2) 食の描写が、価値観の揺れとして効いてくる
里佳が梶井の言動に触れるほど、内面も外見も変貌していくという設定が、食の描写と結びつきます。食べることは生理行為なのに、社会的な評価や自己像と絡みやすい。その絡まりが、物語として実感になります。
3) 親友・伶子、恋人・誠が巻き込まれていく“連鎖”
里佳だけで完結せず、親友の伶子や恋人の誠らの運命まで動いていくのが、この本の怖さであり面白さです。欲望は個人の内側だけに留まらず、関係性を通じて拡散する。社会派長編と呼ばれる理由がここにあります。
本の具体的な内容
物語の軸は、梶井真奈子という“語られすぎた女”への取材です。事件の報道では、梶井は記号として消費されてきた。里佳は、その記号の向こう側に触れたいと思い、面会を取り付けます。そこで梶井は、里佳に“あること”を命じます。命令は、里佳にとって屈辱でもあり、誘惑でもあり、奇妙な救いでもある。ここが物語の起点になります。
里佳は、梶井の価値観に触れるたびに、自分の中にあった「こうあるべき」が崩れていきます。食べ方、身だしなみ、他者の評価の受け取り方。変化は派手な成功物語ではなく、「何が嫌で、何が欲しいのか」を自分の身体に聞き直すような変化です。だから読み手も、里佳の変貌を“堕落”とも“解放”とも一言で片付けにくい。
この小説は、食の快楽を、癒やしとしても暴力としても描きます。食べることは誰にとっても必要なのに、「何を食べるか」「どれくらい食べるか」は、簡単に評価の対象になる。里佳が梶井の周辺に近づくほど、その評価の網が自分自身にもかかっていたことに気づいていく。だから読者は、事件の外側に立っているつもりで、いつの間にか当事者側に引きずり込まれます。
梶井が嫌悪する「フェミニスト」という言葉も、ここでは単純な対立軸になりません。誰が誰を裁いているのか、どんな言葉がどんな暴力を内包しているのかが、会話や視線のズレとして積み重なります。加えて、里佳の親友・伶子の助言、恋人・誠との関係が、里佳の変化の“鏡”になります。里佳が変わると、周囲も変わる。周囲が変わると、里佳の選択も変わる。その相互作用が、ページをめくる手を止めさせません。
そしてタイトルにもなっているバター/マーガリンの対比は、単なる味の好みではなく、「本物らしさ」と「代替品らしさ」をめぐる価値判断として機能します。梶井はマーガリンを嫌悪する。では里佳は何を代替し、何を本物だと思い込んでいたのか。食の話が、人の尊厳や欲望の話にすり替わっていく感覚が、この小説の怖さです。
類書との比較
女性の生きづらさを扱う小説は多いですが、本作は“事件”を芯に置くことで、社会の視線の残酷さを露骨にします。読者は、梶井を消費する側にも、里佳を消費する側にも、簡単に回ってしまう。その不快さを避けずに読ませる点で、かなり攻めた社会派長編です。
こんな人におすすめ
- 事件ものが好きだが、真相解明より「人が壊れていく構造」に興味がある人
- 食や身体、自己像が社会とどう結びつくかを考えたい人
- “女性の物語”を、被害/加害の単純な枠で読まない作品を探している人
感想
この本を読んで残るのは、読みやすさよりも、読み終えた後の“ざらつき”でした。梶井真奈子を理解したいと思うほど、理解という行為自体が暴力に近づく。その矛盾を、町田里佳の変貌として体験させるのがうまい。
事件の話として面白いのに、食の話としても、関係の話としても痛い。どの角度から読んでも「自分は安全圏にいる」と思わせてくれないのが、本作の強度だと感じました。
バターの香りが甘くなるほど、社会の目は冷たくなる。そんな対比が、最後まで効き続ける小説でした。