レビュー
概要
『トリリオンゲーム 1』は、「1兆ドル稼いで、この世の全てを手に入れろ!」という途方もない目標を掲げ、2人の青年がゼロから起業に踏み出すスタートアップ漫画です。世界一のワガママ男・ハルと、真面目で内向的な天才エンジニア・ガク。相性は最悪に見えるのに、目的のために噛み合っていく。その瞬間が痛快です。
第1巻は、夢の話だけでは終わりません。起業は、能力のある人だけのものではありません。「巻き込む力」と「手を動かす力」が噛み合ったときに起きる。そういう現実の入口を、具体的な事件で見せます。
冒頭では、ハルとガクが将来「世界長者番付トップ10」に名を連ねる姿が示されます。豪華な生活の場面から始まり、そこから過去を回想する構成です。読者は最初から「この2人は成功する」と知らされます。その上で「どうやってここに来たのか」を追うので、失敗の怖さと成功の必然が同時に立ち上がります。
具体的な内容:中学の出会いと、ドラゴンバンクでの再会
物語の原点は中学時代です。カツアゲに遭遇したガクを、偶然通りかかったハルが助けます。ハルは半グレたちを容赦なく殴り続け、監視カメラに録画されてしまう。そこでガクが、買ったばかりのPCで監視カメラのシステムに侵入し、動画を削除して見せる。この場面で、ハルはガクの手腕に惚れ、2人の関係が始まります。
年月が流れ、大学生になったガクは就職活動で苦戦します。コミュニケーションが苦手で、面接に落ち続ける。本命だった超巨大企業ドラゴンバンクにも落ちたガクは、アルバイトで本社ビルの窓拭きをしている最中、合格して入社式に出席しているはずのハルと再会します。ハルはそこで「1兆ドル稼ぐため、一緒に起業しよう」と提案する。第1巻はこの提案までを、スピード感と説得力で走り切ります。
この導入のうまさは、ガクの「できること」と「できないこと」を同時に見せる点です。ガクは人前が苦手で、面接では落ちる。でもPCの前だと別人のように強い。その強さは、現実を少し書き換えてしまえる種類です。ハルはその強さを、早い段階で“金になる形”へ持っていこうとする。友情より先に利害が来るのに、2人の距離が縮まるのも納得できます。
読みどころ:起業の“入口”が、友情でも努力でもなく「欲望」で始まる
スタートアップ物語は、美談になりがちです。でも本作は、ハルの欲望が露骨です。「全部欲しい」と言い切る。そのワガママが、逆に嘘っぽくない。ガクは善人だから起業するのではなく、巻き込まれてしまう。そして巻き込まれた先で、技術が“現実を変える道具”として使われ始めます。
池上遼一さんの作画も強烈です。ハルの表情の圧、ガクの怯えと集中の切り替え、社会の側の冷たい目線。起業の華やかさより、はじめの一歩の生々しさが伝わります。第1巻は、2人が世界長者になる未来を見せつつ、そこへ至る「最初の小さなズレ」を作る巻です。
ハルの魅力は、口の上手さだけではありません。相手の欲望を見抜き、欲望に合わせて未来の絵を描き直す力があります。一方でガクは、未来の絵を描けません。その代わり、言われたことを形にする速度が異常です。この役割分担が最初から明確で、読者は「この2人ならやりかねない」と思わされます。第1巻は、その“やりかねない”を成立させるための伏線を、かなり早い段階で打ち込んでいます。
こんな人におすすめ
- 起業ものが好きで、初動のリアルも読みたい人
- 正反対の2人が組むバディ物を読みたい人
- ITやビジネスを、物語として掴みたい人
感想
第1巻を読み終えると、「起業とは何か」を大げさな成功談ではなく、関係の設計として捉え直せます。ハルはガクの才能を見抜き、ガクはハルの無茶を現実にしてしまう。危険な組み合わせなのに、成立してしまう必然がある。そこが面白いです。
ゼロイチの瞬間にしかない熱と怖さが詰まった、強い導入巻でした。
起業ものを読むとき、「成功するかどうか」より「失敗したときに何が壊れるか」が気になる人もいると思います。この作品は、その壊れ方の匂いも最初から漂わせます。だから軽くは読めない。でも軽く読めないことが、起業というテーマの誠実さにもなっている。続きが気になる1巻です。
第1巻は、まだ「起業の準備運動」に近い段階です。それでも十分に面白いのは、2人の関係が一瞬で固定されないからです。ハルの無茶は、ガクの技術で成立してしまう。成立してしまうから、引き返せなくなる。勢いと危うさが同時に走る導入として、かなり強いと思います。