レビュー
概要
『九十歳。何がめでたい』は、90代の作家・佐藤愛子さんが、老いの現実と世の中への苛立ちを、笑いと毒で書き切ったエッセイです。増補版は、単行本未収録の文章や対談なども加えた“完全保存版”の位置づけになっています。
本書が面白いのは、「元気なおばあちゃんの武勇伝」ではないところです。老いはしんどい。身体は思うように動かない。社会は騒がしい。孤独もある。その上で、それでも言葉は止まらない。
読後に残るのは、励ましというより「怒りの可笑しさ」です。弱っているからこそ見える現実があり、それを笑いに変える力があります。
読みどころ
1) 老いを“美談”にしない、露骨さ
エッセイの老いは、しばしば上品に整えられます。本書はそこを整えません。怒る、愚痴る、うんざりする。それをそのまま書く。
この露骨さが、読者の肩を落とします。「立派に老いなければ」という余計な重さを外してくれるからです。
2) 怒りが、ただの不機嫌で終わらない
怒りの文章は、読んで疲れることもあります。本書が読めるのは、怒りが“観察”になっているからです。
世の中の空気、マスメディアの騒がしさ、言葉の雑さ。そうしたものへの苛立ちが、現代の生活の息苦しさと重なります。だから読者は、「分かる」と思いながら笑ってしまう。
3) “生き方論”ではなく、生活の現実として刺さる
人生の教訓を説く本ではありません。むしろ、教訓を嫌う本です。
それでも、結果として「どう生きるか」を考えさせられます。なぜなら、老いは理想論では乗り切れないから。現実の段差をどう越えるか、という問いが残ります。
本の具体的な内容(増補版で何が入っているか)
増補版は、単行本の内容に加えて、未収録の文章や対談などがまとまっています。エッセイ集として読むときのポイントは、「同じテーマが形を変えて繰り返される」ことです。
- 老いのしんどさ(身体の現実)
- 世の中への苛立ち(言葉の雑さ、空気のうるささ)
- 心配性の妄想(悪い想像が勝手に増える)
- それでも笑う(怒りを笑いへ変える)
内容は“人生の攻略法”ではなく、“生き延び方の実況”に近い。だから実感として刺さります。
読み方のコツ
おすすめは、腹が立っているときに読むことです。怒りの対象が同じでなくても、怒りの「扱い方」を笑いに変えてくれるからです。
逆に、落ち込みが強いときは刺激が強く感じるかもしれません。その場合は、短い章を1つだけ読む、くらいがちょうどいいです。
合わないかもしれない人
丁寧で優しい励ましを求める人には向かないかもしれません。言葉が強いし、愚痴もある。でも、その強さこそが魅力でもあります。
綺麗に整えられた老後論ではなく、「こういう日もある」と笑える現実が欲しい人には、かなり効くはずです。
この本を“人間関係の本”として読む
本書は老いの本ですが、人間関係の本としても読めます。
年齢を重ねると、遠慮や体力の問題で、人付き合いは変わります。言いたいことを飲み込む場面も増えるし、逆に遠慮が消えて衝突しやすくなる場面も増える。
佐藤愛子さんの文章が面白いのは、そこを「上品に処理」しないところです。付き合い方が変わるのは自然、腹が立つのも自然、うんざりするのも自然。その自然さを笑いに変えるから、読者は「自分だけじゃない」と思えます。
類書との比較
シニア向けの本は、前向きに老後を楽しもう、という方向へ寄りやすいです。本書は逆で、楽しめない現実を直視します。
ただ、暗いわけではありません。直視したうえで、言葉で笑いに変える。その強さがある。だから「元気が出る」というより、「息ができる」読後感です。
こんな人におすすめ
- 世の中の騒がしさに疲れている人
- 老いを綺麗事で語る本が苦手な人
- 毒とユーモアのある文章が好きな人
- 親の介護や加齢を前に、現実的な視点が欲しい人
感想
この本を読んで感じたのは、「めでたい」の圧を剥がしてくれるところでした。誕生日、長寿、節目。周囲は祝う。でも本人はしんどい。そういうズレは、現実にあります。
佐藤愛子さんの文章は、そのズレを“正しさ”で裁きません。むしろ、ズレたまま突っ走ります。だから笑える。笑えるから、救われる。
また、増補版という形で文章が追加されているのも良いです。ひとつのエッセイ集としてだけでなく、時代の記録として読めます。社会が変わっても、人が抱えるしんどさの形は、案外変わらない。そこが見えます。
読後に残るのは、前向きな元気ではありません。もう少し雑に、もう少し強引に、生きてもいいという感覚です。真面目に頑張りすぎる人ほど、この毒が効くと思います。