レビュー
概要
『うずまき』は、海沿いの町・黒渦町(くろうずちょう)で起きる怪異が、ただの「怖い話」ではなく、町そのものを飲み込んでいく“構造のホラー”として描かれる作品です。主人公は女子高生の五島桐絵(ごとうきりえ)と、恋人の斎藤秀一(さいとうしゅういち)。秀一が「この町は、うずまきに呪われている」と言い始めた瞬間から、世界は少しずつ歪みます。
読みどころ
1) うずまきが「模様」から「呪い」へ変わっていく怖さ
最初は、うずまき模様やつむじ風みたいな、ありふれた現象として始まります。でも、髪の毛が渦を巻き、視線が渦に吸い込まれ、身体の形まで巻かれていく。段階を踏んで侵食してくるので、読者の逃げ場がなくなっていきます。
2) 黒渦町が“日常の顔”のまま壊れていく
怪異があっても、学校は続くし、家族もいるし、町内の噂話もある。だからこそ怖いです。誰かが異常を訴えても「気のせい」で片づけられ、片づけたまま町が崩れていく。ホラーなのに、妙にリアルです。
3) 一話ごとの発想が強いのに、最後は一本につながる
伊藤潤二作品の魅力って、アイデアの強さだけでなく、絵で“あり得ない”を成立させるところです。本作はエピソード単位でも十分怖いのに、全部が黒渦町という箱の中で積み上がり、最後は「町そのものが渦だった」と言いたくなるくらい回収されます。
本の具体的な内容
物語は、桐絵の身の回りで起きる小さな異変から始まります。秀一の父がうずまきに取り憑かれたように渦を集め始めたり、町の風景がうずを巻くように見えたり、火葬場の煙が渦を巻いて上がっていったり。 それらは最初、「気味が悪いけど、まだ戻れる」レベルです。でも、うずまきは“見るもの”から“変えるもの”へ変わっていきます。髪が渦を作るだけでなく、身体が渦の形にねじれていくような、取り返しのつかない変化が起きる。桐絵は日常を保とうとするのに、町はそれを許さない。
そして秀一が繰り返し口にする「黒渦町から出ろ」という言葉が、読み進めるほどに重くなるんですよね。逃げたいのに逃げられない。逃げても戻される。うずまきは図形なのに、意思みたいに見えてくる。その不気味さが、この本の核だと思います。
エピソードの怖さが、全部「うずまき」に戻ってくる
この作品は、単に怪異が連発するのではなく、毎話の怪異が「うずまき」という一本のテーマに吸い寄せられていきます。 たとえば秀一の父は、渦巻き模様に取り憑かれたように執着し、日常の中に“渦”を集め始めます。最初は奇行に見えるのに、やがて身体そのものが歪んでいく描写は、ホラーとしてのラインを軽々と超えてきます。 桐絵の髪が渦を作り、周囲の視線を集めてしまうエピソードも、「美しさ」がそのまま呪いになる感じが強烈でした。本人は普通に生きたいのに、形が勝手に意味を持ってしまう。そこが怖いです。
さらに怖いのは、黒渦町の人たちが、異常を異常として扱い切れないところです。誰かが変になっても、町は仕事や学校を続けるし、噂は広がっても根本は変わらない。その“慣れ”が積み上がった先で、町そのものが飲み込まれていく。ホラーなのに、社会の話みたいな後味になります。
個々のエピソードは変化球なのに、全部が「渦」という単語に収束していくのも見事です。渦は回るだけで、どこにも進まない。黒渦町の閉塞感って、まさにそれなんですよね。
類書との比較
町が呪われるホラーは珍しくありません。でも『うずまき』は、呪いの“理由”を説明しすぎず、代わりに「呪いが増殖する過程」を徹底的に見せます。説明がないからこそ、読者は納得ではなく体感で怖くなる。ここが強いです。
こんな人におすすめ
- 一話完結の怖さも、長編の圧も両方ほしい人
- じわじわくるホラーが好きな人
- 怪異のアイデアそのものにワクワクしたい人
- 「町が壊れていく」タイプの物語に弱い人
感想
『うずまき』の怖さは、「外から来る何か」が原因の怪談ではないところです。景色や身体の“形”そのものが敵になる。うずまきって、本来はただの模様です。けれど、ページをめくるほど「見たら終わり」の呪いへ変わっていく。 読み終えたあと、つむじ風とか、排水口の渦とか、日常のうずまきに一瞬ぞわっとする。そういう“現実への染み出し方”まで含めて、ホラーの傑作だと思いました。
あと個人的に、この作品は「説明してくれない」ことが逆に優しさだと思っています。理由を聞いたら安心できるのに、安心させてくれない。だから読者は、黒渦町の住人と同じように、じわじわ飲み込まれていく。 怖いのに読み返したくなるのは、異常の絵力だけじゃなく、桐絵と秀一が“逃げたいのに逃げられない関係”として描かれているからだと思います。町の呪いが二人の距離まで巻き込む。その切なさまで含めて、強烈に残る一冊でした。