レビュー
概要
『ブルーピリオド』6巻は、藝大受験という長い山の“クライマックス”を、最悪のコンディションで迎える巻です。試験2日目。主人公の八虎は、前日の疲労に加え、目の激しい痛みで集中できなくなる。それでも制限時間は進み、課題は目の前にある。ここで必要なのは根性ではなく、判断と戦略です。
本巻がすごいのは、努力の物語を「努力=正義」で終わらせないところです。努力してきたからこそ、失敗したときの痛みが大きい。努力してきたからこそ、残り時間で“何を捨てるか”が問われる。6巻は、受験という勝負の残酷さを、絵の具体と心理の具体で描き切ります。
読みどころ
1) 試験は「実力」だけでなく「コンディション」のゲームでもある
受験生は、自分の実力を高める努力はします。でも本番で勝つには、実力を出せる状態を作らないといけない。6巻は、その当たり前を叩きつけてきます。目が痛い。集中が切れる。焦りで手が震える。描けば描くほど自分の線が信用できなくなる。
このとき人は、正しい判断ができなくなります。線を足しすぎる、戻れない修正をする、構図を変えて迷子になる。6巻は「崩れ方」を具体的に描くので、ただのドラマではなく、勝負の現実として読めます。スポーツの試合と同じで、本番は常に不公平です。
2) “飛び道具”を使う怖さと必然
追い詰められたとき、試験で必要になるのは「正攻法を最後までやり切る力」だけではありません。場合によっては、評価者の目に留まる一手=飛び道具が必要になる。本巻では、その飛び道具を使うかどうかが、主人公の決断として迫ってきます。
飛び道具は、刺されば強い。でも外れれば終わる。ここが怖い。だから多くの受験生は安全策へ逃げる。でも、安全策は埋もれる。6巻はそのジレンマを、主人公に背負わせます。「自分らしさ」や「表現」ではなく、「勝つために何を賭けるか」という局面にまで話が来る。受験漫画としてかなり尖っています。
ここで重要なのは、飛び道具が“奇抜さ”ではないことです。奇抜なだけなら、評価者には「逃げ」に見える。勝負の飛び道具は、課題の意図を理解した上で、「自分の強みを最大化するための選択」です。つまり、基礎がないと飛び道具は成立しない。本巻は、追い詰められた主人公が“基礎に戻りながら賭ける”という、矛盾した動きをしているのが面白い。安全策と挑戦の二択ではなく、「安全に見える挑戦」「挑戦に見える基礎」を組み合わせて勝ちにいく。その発想が、美術受験らしいと思いました。
3) 努力の積み上げが、最後に“判断の材料”になる
6巻は、努力が報われる気持ちよさだけではなく、努力が“判断を助ける”ことを描きます。追い詰められても、積み上げた観察力や基礎があるからこそ、どこに戻ればいいかが分かる。どこで手を止めるかが分かる。何を捨て、何を残すかが決められる。
努力は、点数を保証してくれません。でも、最悪の状況で自分を支える杖にはなる。6巻は、その現実的な価値を見せてくれます。努力を“成功の証明”ではなく“崩壊を防ぐ道具”として描くのが、すごく誠実です。
類書との比較
受験ものは、努力→成功の一直線で描くと気持ちいい反面、現実の怖さが薄くなります。ブルーピリオドは逆で、本番の不安定さや、コンディションの残酷さ、運の要素まで含めて描く。その上で、主人公が“賭け”を選ぶところに独自性があります。
また、美術受験という題材は、正解が見えにくい分、メンタルが折れやすい。本作はその折れやすさを、技術論と心理描写の両方で支えます。6巻は、そのバランスが一番尖っている巻の1つだと思います。
こんな人におすすめ
- ブルーピリオドを受験漫画としても表現漫画としても楽しみたい人
- 本番で実力が出ない怖さを知っている人(受験・試合・発表など)
- 「安全策か挑戦か」で迷った経験がある人
- 努力の物語を、綺麗事抜きで読みたい人
感想
6巻を読んで残るのは、受験の一番つらい部分は「努力が足りない」ことではなく、「努力しても崩れる」ことだという感覚です。体調が悪い、集中できない、焦る。そういう要因で、実力は簡単に歪みます。
それでも主人公は、状況を見て、賭けを選びます。ここに、ただの根性論ではない“強さ”がある。努力は報われるとは限らない。でも、努力してきた人だけが最後に「賭ける権利」を持つ。6巻はその厳しさと美しさを、受験の現場のリアルとして描いた巻でした。
この巻を読んでいると、受験に限らず「本番の弱さ」をどう扱うかがテーマだと感じます。本番は、いつも理想の自分ではいられない。だから、理想の手順を持つだけでは足りず、崩れたときの“戻り方”が必要になる。主人公は、崩れながら戻り、戻りながら賭ける。この往復運動が、ただのドラマではなく、勝負の現実として刺さります。努力の物語を、こんなに苦く、でも前向きに描けるのがブルーピリオドの凄さだと思いました。