レビュー
概要
『十角館の殺人』は、“新本格ミステリ”の流れを決定づけた作品として長く語られてきた名作です。舞台は、十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島。大学のミステリ研究会のメンバーが合宿で島を訪れ、館を建てた建築家・中村青司の過去の事件に触れながら、島で連続殺人が起きていきます。
本作が強いのは、古典ミステリへの敬意をまといながら、読者の読み方そのものを揺さぶるところです。ミステリが好きな人ほど、頭の中の“型”が働きます。その型を利用して、最後にひっくり返す。そういう快感があります。
読みどころ
1) 「館」という舞台が、密度の高い推理空間を作る
孤島、限られた人数、逃げ場のない館。ミステリとして最も“濃い”条件が揃います。外部の情報が遮断されるほど、人物の言動や時間のズレが意味を帯びる。読者は自然に推理に参加させられます。
2) 登場人物の呼び名が、遊びであり罠でもある
ミステリ研究会のメンバーが、ある有名ミステリ作家たちの名前をニックネームとして使っている点は、本作のアイコンです。読者にとっては遊び心に見える一方で、読書体験を“古典ミステリの文法”へ接続する仕掛けにもなっています。
この文法があるからこそ、読み手は特定の方向へ思考を寄せます。そして、その寄せ方が後半で効いてきます。
3) 島外で起きる出来事が、緊張を二重にする
島での事件だけに閉じず、島の外側でも別の不穏さが進行します。視点が切り替わるたびに、読者は「どこが本丸か」を探すことになる。
この二重構造のおかげで、館もの特有の閉塞感が、単調な繰り返しにならずに持続します。
4) “ネタバレ厳禁”と呼ばれる理由が、読めば分かる
本作については、読む前に情報を入れないほうがいいです。ミステリの快楽が、「推理の過程」と「視点の転換」に強く依存しているからです。
ミステリ初心者が読んでも楽しめますが、できれば「ミステリを数冊読んだ経験」があるほうが刺さります。
類書との比較
同じ館シリーズの後続作に比べると、本作は“衝撃”で語られがちです。ただ、その衝撃は奇抜な設定の勝利ではなく、古典ミステリの文法を理解したうえで組み直していることから生まれています。
謎解きのロジックを味わいたい人にも、読書体験そのものを揺さぶられたい人にも、入口として強い一冊です。
こんな人におすすめ
- 館もの・孤島もののミステリが好きな人
- 古典ミステリの“型”が好きで、裏切りも欲しい人
- ネタバレなしで一気読みできる本を探している人
- “新本格”の出発点を押さえたい人
本の具体的な内容(ネタバレ控えめ)
物語は、角島の十角館で起きる出来事と、島の外側で進む別の視点が交互に進行します。館の中では、ミステリ研のメンバーがそれぞれの疑いと不安を抱え、外側では過去の事件の影が濃くなっていく。
この二つが並走することで、読者は「いま起きている殺人」だけでなく、「そもそも何が始まっていたのか」を考えることになります。読み進めるほど、最初に見えていた問題設定が少しずつズレていく。そこが面白いです。
読み方のコツ
登場人物の呼び名が特徴的なので、最初に簡単なメモを作ると読みやすくなります。また、途中でネット検索すると一瞬で台無しになります。読む前に“検索しないルール”だけ決めておくのがおすすめです。
合わないかもしれない人
ミステリを「安心して解けるパズル」として読みたい人には、読後の揺さぶりが強く感じられるかもしれません。また、館ものの閉塞感が苦手な人も注意です。
逆に言えば、読書体験そのものを動かされたい人には、ここまで相性が良い作品も珍しいと思います。ミステリの“入口”というより、“芯”を撃ってくるタイプです。
感想
この本を読んで残るのは、単純な犯人当ての気持ちよさというより、「自分がどう読んでいたか」を振り返らされる感覚でした。ミステリの読み方には癖があります。疑う場所、信じる場所、気にする情報、捨てる情報。読者は無意識に取捨選択している。
『十角館の殺人』は、その無意識を逆手に取ります。だから読後に、「次からはこう読もう」と読み方が少し変わる。ミステリの棚に一冊置くというより、ミステリを読む“脳”を鍛える本だと感じました。
読むときは、検索禁止。感想もレビューも、読み終えるまで避ける。そうすると、本書の価値が最大化します。