レビュー
概要
『Fate/Grand Order ‐Epic of Remnant‐ 亜種特異点II 伝承地底世界 アガルタ アガルタの女 (3)』は、スマホゲーム『Fate/Grand Order』のアガルタ編をコミカライズしたシリーズの第3巻です。原作は情報量が多い章ですが、漫画は表情・間・構図で状況を圧縮できます。その結果、会話の量に飲まれず、「何が起きているか」を追いやすくなっています。
本巻では、背徳の都・イースを後にし、「アサシン」の不夜城へ向かいます。外見は豪華絢爛でも、内側は「密告」を奨励する恐怖と裏切りが支配する歪んだ理想郷です。城主と対峙する中で、読者は「正しさ」をめぐる物語ではなく、「正しさが作られていく手続き」を読むことになります。
読みどころ
1) 原作の情報量を、漫画の理解コストに変換している
ゲーム原作は、台詞が長くなりやすいです。コミカライズは、視線誘導で論点を前に出せます。アガルタのように価値観の衝突が多い章では、台詞の「正しさ」よりも空気の「圧」を描ける漫画の強みが効きます。
2) 理想郷が“監視”で回るときの空気が描かれる
密告を奨励する都市は、住民同士の信頼を削ります。支配は暴力だけでは成立しません。日常の中の疑心暗鬼が、制度を支えます。本巻は、その空気をエンタメとして走らせつつ、後味の悪さも残します。
集団間対立の強い局面では、相手を人間として扱わない見方(dehumanization)が生じうる、という点が統合的レビューで整理されています。doi:10.1207/s15327957pspr1003_4
本巻でも、誰が何を「人間扱いしない」方向へ押し出しているかに注目すると、章の毒気が立体的になります。
3) 価値観の違いを「正解」ではなく「基盤」として眺められる
アガルタは、単純な善悪の対立に閉じません。人が何を「道徳的に重要」と感じるかについて、複数の基盤があるという議論があり、政治的立場によって重みづけが異なる可能性も示されています。doi:10.1037/a0015141
もちろん、フィクションの読みは研究の適用ではありません。それでも、価値観の衝突を「理解不能」ではなく「別の基盤で整合している可能性」として読むと、感情の反射で判断しにくくなります。
類書との比較
FGOのコミカライズは章によって読後感が変わります。アガルタは爽快感よりも、引っかかりや議論が残りやすい章です。そのため「気持ちよく勝つ話」を期待すると疲れるかもしれません。逆に、物語の毒や価値観の衝突を楽しめる人には読み応えが出ます。
また、ゲーム原作は選択肢やプレイ体験が介在しますが、漫画は一本の線で進みます。一本に固定される分、論点が整理される一方で、多義性は落ちます。原作未プレイの人ほど、断定を急がずに読むのが良いと思います。
こんな人におすすめ
- アガルタ編を漫画で整理して追いたい人
- 価値観の衝突を含む章を、構造として楽しみたい人
- 原作の会話量が重く感じるが、物語のテーマは追いたい人
- 物語の快感と危うさの両方を味わいたい人
感想
この巻は、「正しい物語」がどう作られるかを観察できるのが面白いです。人は結論に合う理由を後から集めがちで、それは日常でも起きます。本巻には価値観の衝突が頻出するため、読者の側も「自分はどの論理に乗っているか」を点検しやすい。
エンタメとしての快感は大事です。ただ、その快感の裏には切り捨てがあります。誰が何を切り捨てているのかに気づけると、物語は深くなります。アガルタは、その点で読者を試す章です。テンポよく読めるコミカライズで、考える余白も取りやすい。読み終えたあとに議論がしたくなる巻でした。
個人的には、「嫌だ」と感じた場面ほど、なぜ嫌なのかを言語化すると読みが一段深くなると思いました。逆に「気持ちいい」と感じた場面も、どの価値観が刺激されたのかを点検すると、物語の見え方が変わります。作品を守るための擁護ではなく、読者側の反応を観察する読み方です。本巻は、その観察に向いた題材だと感じます。
参考文献(研究)
- Haslam, N. (2006). Dehumanization: An Integrative Review. Personality and Social Psychology Review. doi:10.1207/s15327957pspr1003_4
- Graham, J., Haidt, J., & Nosek, B. A. (2009). Liberals and conservatives rely on different sets of moral foundations. Journal of Personality and Social Psychology. doi:10.1037/a0015141