レビュー
概要
『文庫版 近畿地方のある場所について』は、「近畿地方の“ある場所”」をめぐる不穏な気配を、断片的な記録の集合として読ませるホラーです。物語の中心にいるのは、ある出来事を追うフリー編集者の「私」。彼の手元に集まってくるのは、雑誌記事の草稿、取材メモ、インタビュー、ネットの書き込みなど、ばらばらの情報です。
この本の怖さは、最初から大きな怪異がドンと出てくるタイプではありません。むしろ「なんだか嫌な違和感が、少しずつ輪郭を持っていく」感じ。読者は、散らばった資料を自分の頭の中でつなぎ合わせながら、どこで何が起きているのかを組み立てていきます。その過程が、ほんとうに“調査”っぽくて、ページを閉じた後もしばらく引きずります。
読みどころ
断片を拾う読書体験
章ごとに文体や形式が変わるので、普通の小説のように一直線に読めません。でもそれが面白い。情報の質も、信頼できそうな取材記録から、真偽の怪しい噂話まで混ざっています。どれを信用し、どれを保留にするかを考えながら読むのが、この作品の醍醐味です。
さらに、断片が断片のまま終わらないのが怖いところです。読んでいると「この言い回し、前にも出た」「この固有名詞、別の証言とつながるかも」と、頭の中で勝手にリンクが増えていく。ここで読者は“編集者”みたいな役割を引き受けてしまうんですよね。自分で組み立てた構造ほど、あとから思い出してしまう。ホラーとしてずるい作り方だと思います。
「場所」の怖さ
幽霊や怪物の怖さというより、「その場所に近づくこと自体が危ない」というタイプの怖さが強いです。土地の名前が出るたびに、地図を見たくなる衝動が湧くのに、見たら負けな気もする。この“好奇心と恐怖のせめぎ合い”が上手いんですよね。
しかも、“場所”は動かないからこそ逃げられない。人は引っ越せても、土地の記憶や噂は残り続ける。こういう「時間に強い怖さ」が、この作品の背後にずっと流れています。
本の具体的な内容
物語は、ひとつの事件や体験談を起点に、「近畿地方のある場所」へ関わった人たちの記録が集まっていく形で進みます。ある人の失踪、ある取材の中断、あるはずのない目撃談。単発で読むとただの怪談なのに、断片が増えるほど同じモチーフが反復し、「これは偶然じゃない」と思わされる。
また、資料として差し込まれる文章が“それっぽい”のが怖さを底上げします。整った文章だけでなく、言葉が荒かったり、記憶が曖昧だったりする語りもある。だから、読者は「作り話」と距離を取れなくなる瞬間が出てきます。ホラーの嘘を、現実のノイズで包む感じが巧いです。
構成の面でも、読み手の集中を上手く切り替えてきます。長い章でじわじわ積み上げた後に、短い“メモ”みたいな断片を挟んで呼吸を変える。そうすると、さっきまでの情報が頭の中で勝手に再生されて、怖さが増す。ページをめくる速度が上がるのに、理解の手は止められない。ここが中毒性のポイントです。
類書との比較
モキュメンタリー風のホラーや、記録を読むタイプの怪談が好きな人にはかなり刺さると思います。物語で引っぱるというより、資料の重なりで“確信”を作るタイプなので、派手な展開よりも、じわじわ追い詰められる怖さが好きな人向きです。
逆に、ストーリーの起伏が分かりやすいホラーを求める人には、序盤が静かに感じるかもしれません。ただ、静かなぶん「いつの間にか逃げ場がなくなっている」タイプの怖さが残ります。
ネット怪談や考察系コンテンツの感覚に近いのに、読書として成立しているのも面白い点です。スクロールして読む文章と違い、本は“戻る”ができる。戻るたびに気づきが増えて怖さが増す。読み返しが、そのまま恐怖の増幅装置になります。
こんな人におすすめ
- ネット怪談・都市伝説・考察系が好きな人
- “記録を読む”形式のホラーに弱い人
- 直接的なグロより、違和感で追い詰められる怖さが好きな人
- 読み終わった後も考えてしまう作品を探している人
感想
読み終えてまず思ったのは、「怖がらせ方が現代的」だということでした。スマホの検索結果や、掲示板の断片、取材メモの走り書きみたいな、日常に近いテキストが混ざることで、怪異が“画面の外”に出てくる感覚がある。ホラーって、現実と地続きに感じた瞬間が一番怖いんですよね。
それから、この作品は“読者を信じている”と感じました。説明しすぎず、余白を残す。だからこそ、読んでいる側が勝手に補完してしまう。自分の頭でつなげた物語ほど、後に残ります。派手な驚かせではなく、日常の隙間に入り込んでくるタイプの一冊でした。
個人的には、読み終わった直後より、数日後のほうが怖かったです。ふとした瞬間に断片が思い出されて、「あの記録って、こういう意味だったのかも」と勝手に補完が進む。読者の脳内で勝手に続くホラーって、ずるい。寝る前に読むと、たぶんよくないです。