レビュー
『ホタルノヒカリ 1巻』は、恋愛漫画でありながら、生活の漫画でもあります。紹介文の「恋愛するより家で寝てたい」という一文で、もう方向性が決まっています。外では仕事をこなし、家に帰ったらスイッチが切れて、だらだら過ごす。そこへ、上司の高野部長と“同居するハメ”になる。さらに年下の彼・マコトまで現れる。1巻は、このややこしい状況を、軽さと痛さのバランスで転がしていきます。
この作品の面白さは、主人公の蛍(ほたる)が「恋の主人公」として振る舞いきれない点にあります。恋愛漫画の類書は、恋が始まる瞬間をきらめきで描きがちです。でも本作は、きらめき以前に生活がある。部屋着でくつろぎ、面倒を先送りし、誰にも見せない姿を守りたい気持ちが強い。だから、恋は“盛り上がり”というより、“生活に他人が入ってくることへの戸惑い”として立ち上がります。ここが、読んでいて妙にリアルです。
高野部長との同居は、恋愛の糖度を上げるための装置というより、蛍の生活をあぶり出す装置として効きます。会社では上司と部下でも、家では生活者同士です。片づけの感覚、食事の仕方、睡眠の優先度、言葉の距離感。そういう日常のルールがぶつかる。恋愛の駆け引きより、生活の摩擦のほうが先に来る。1巻は、この順番が気持ちいいです。
そこに、年下の彼・マコトが入ってくることで、話はさらに複雑になります。恋は一直線ではなく、複数の“期待”が同時に走り出す。蛍が自分の気持ちを言語化できないまま、状況だけが進む場面が続きます。ただ、ここで大事なのは、蛍が悪い人として描かれない点です。優柔不断というより、変化の処理が追いつかない。生活者が人生を作り直す時の遅さが、そのまま漫画のテンポになっています。
この作品が長く支持される理由は、「だらしなさ」を笑いものにしないところにもあります。だらしなさは、怠けというより疲れの結果で、回復の方法でもあります。外でちゃんとしている人ほど、家で崩れやすい。その崩れ方を、本人の努力不足に還元しない。だから、読んでいて安心できます。笑っていいし、同時に自分の生活も肯定していい。恋愛漫画でありながら、自己否定を増やさないのが嬉しいです。
同居という設定も、恋愛の早送りではなく、むしろ“速度調整”に効いています。誰かと同じ屋根の下にいると、感情の盛り上がりより先に、生活の段取りが必要になります。帰宅後に何を食べるか、洗濯物をどうするか、相手の睡眠をどう尊重するか。こういう話は地味ですが、関係を続けるには避けられません。本作は、その地味さを笑いで包みながら、関係の土台として描きます。
そして1巻は、蛍が“変わる”巻というより、“変わりたくない理由”が見える巻です。楽なままでいたい。誰にも見せない自分を守りたい。けれど守り続けると、誰とも近づけない。このジレンマが、恋愛の胸キュンより先に立ち上がります。だから、恋愛ものの類書でよくある「告白」「両想い」といった節目がなくても、読み応えがあります。関係の始まりは、派手な出来事ではなく、生活の同居から始まる。ここが面白いです。
読みどころは、蛍が言い訳を重ねながらも、少しずつ“自分の選択”を取り戻していくところです。誰かに正されて変わるのではなく、自分で納得して変わる。そのプロセスが、軽いギャグの中にきちんと入っています。
また、笑いの作り方が上手いです。派手な事件で笑わせるより、言い訳の仕方や、都合のいい解釈の積み上げで笑わせる。読んでいる側が「分かる」と言いたくなるズルさがあります。だから、恋愛ものが苦手でも入りやすい。恋の勝ち負けではなく、自分の生活と向き合う話として読めるからです。
類書比較:オフィス恋愛より、オフの自分をどう扱うかが主題
働く女性の恋愛を描く類書には、仕事の戦場感を前に出して、恋を“癒やし”や“救い”に置くものがあります。そういう話は爽快ですが、読後に残るのはイベントの記憶になりがちです。
本作は、イベントより“オフの自分”が中心にあります。仕事が終わった後の生活が主戦場で、恋はそこへ侵入してくる存在として描かれる。だから、恋愛の問題でありながら、自己管理の問題でもある。誰かと暮らすには、気持ちだけでは足りない。生活の癖が露出する。この現実味が、類書と大きく違うところです。
そして、年下彼氏と上司という配置が、単なる三角関係の材料ではなく、蛍の「今の自分」と「なりたい自分」を分裂させます。若く見られたい気持ちと、楽なままでいたい気持ち。尊敬されたい気持ちと、甘えたい気持ち。こうした矛盾が、物語の推進力になります。恋愛漫画というより、生活と自己像の再編集の話として読めるのが強みです。
こんな人におすすめ
- 恋愛に憧れはあるのに、生活が崩れるのは避けたい人
- オフィスでは頑張れるのに、家では何もしたくない人
- きれいごとではない関係性の作り方を、笑いながら読みたい人
1巻は、恋の答えを出す巻ではなく、恋が生活を揺らす巻です。その揺れ方が丁寧で、だからこそ続きが気になります。