レビュー
概要
『PLUTO』第1巻は、手塚治虫『鉄腕アトム』の「地上最大のロボット」を土台に、浦沢直樹が長編サスペンスとして再構築した作品です。舞台は人間とロボットが共存する世界。世界最高クラスのロボットが次々と破壊され、人間側も不審な死を遂げていきます。
第1巻の入口で象徴的なのが、人気ロボットのモンブランの事件です。祭典で称賛される存在が、ある日突然、無残に砕けている。そのショックから物語が始まり、捜査官ゲジヒトが連続事件の核心へ近づいていきます。
第1巻の読みどころ
1) “優しい世界”の皮膚の下にある暴力
この作品の怖さは、敵が目に見える怪物ではなく、社会の中に溶けていることです。ロボットは高性能で、戦争の英雄にもなれる。けれど同時に、憎しみの対象にもなる。共存の理想があるぶん、破壊の衝動が露骨に見える瞬間が刺さります。
2) ゲジヒトの捜査が、ミステリーの推進力になる
ゲジヒトは冷静で理性的に見えますが、事件が進むほど、感情の揺れが浮かび上がります。捜査のロジックで読ませつつ、個人の痛みへ寄せていく。浦沢作品らしい引き込み方が第1巻から強いです。
3) ロボットの“心”を、安易に美談にしない
ロボットが人間らしく涙を流す、という方向に寄りすぎると、物語は甘くなります。『PLUTO』はそこを簡単に肯定しません。優しさも怒りも、記憶も恐怖も、きれいに整理されないまま残る。だからこそ、読後に重さが残ります。
第1巻で出会うロボットたち
第1巻は、事件の被害者と捜査線上の人物が同時に紹介されます。名前が多くて混乱しやすいので、印象と役割を押さえると読みやすいです。
- モンブラン:多くの人に愛される存在として登場します。だからこそ、事件の残酷さが一気に伝わります。
- ゲジヒト:欧州の捜査官として連続事件を追います。捜査の視点があることで、物語が単なるSFではなくミステリーとして転がります。
- ブラウ1589:過去の事件で収監されている強大なロボットです。彼の存在は、現在の事件が個別の犯罪ではないと示唆します。
- ノース2号:一見すると穏やかな役割で現れます。ただ、日常の描写があるほど、世界の歪みが目立ってきます。
- ブランド:世界最高峰の1体として名前が出ます。守られるべき存在が狙われる緊張は、物語の速度を上げます。
ロボットの設定が単なる属性ではなく、社会の役割そのものとして描かれるのが本作の巧さです。仕事、名誉、家族、罪といった言葉が、ロボット側にも重くのしかかります。
第1巻の構成がうまい
第1巻は、特定のロボットや人物に焦点を当てた章が続きます。モンブランの事件で感情を動かし、ゲジヒトの捜査で筋を通し、ブラウ1589で世界の暗部を見せ、ノース2号で日常の温度を足す。最後にブランドの存在が示されて、次巻へ引っ張られます。
特に印象に残りやすいのは、ブラウ1589のパートです。彼は事件の鍵を握る存在として登場しますが、単純な悪役ではありません。会話の端々に、世界の矛盾と、憎しみが生まれる理由は見えます。ここで物語は一段深くなったと感じます。
章ごとに視点が切り替わるので、登場人物の感情を追いやすいです。伏線の匂いを残しつつ、読み味は重くなりすぎない。そのバランスも第1巻の強さだと思います。
デジタル版で読む良さ
デジタル版は、コマの暗部や細い線が読みやすいと感じる人が多いはずです。浦沢直樹の画面は情報量が多く、表情の微妙な差が物語の鍵になります。通勤や移動の隙間時間に少しずつ読む場合も、続きが気になって止まりにくい構成です。
読後に残るテーマ
第1巻の段階で強く出てくるのは、「区別」と「恐れ」です。人間とロボットの境界は、技術の差というより感情の線として描かれます。疑い、偏見、正義感が積み上がると、暴力は正当化されやすい。だからこそ、ゲジヒトのように秩序を守る側の揺れが効いてきます。
また、本作は戦争の記憶を背景に置きます。英雄として称えられた存在が、平時には疎まれる。安全が欲しいという願いが、監視や差別を呼び込む。第1巻は、その入口を丁寧に見せる巻です。
類書との比較
- 原作の「地上最大のロボット」は、短いエピソードの中でテーマを鋭く提示します。『PLUTO』は、その骨格を保ちながら、人物の過去と社会の歪みを厚くし、ミステリーとしての快感を強化しています。
- 同じ浦沢作品だと『MONSTER』は、人間の闇と追跡劇の緊張が中心です。『PLUTO』は、その緊張感に加えて、「ロボットにも倫理があるのか」という問いを前面に出します。
- SFとしての読み味では、ロボットと人間の境界を扱う海外小説とも近いですが、本作は日本の漫画らしい感情の細やかさと、戦争の記憶の扱いが強いです。
こんな人におすすめ
- 浦沢直樹のサスペンスが好きで、SF要素も楽しみたい人
- 『鉄腕アトム』の名エピソードを、別の角度から読み直したい人
- 人間とロボットの共存を、きれいごとで終わらせたくない人