レビュー

概要

『ブラックジャックによろしく 完全版』1巻は、永禄大学附属病院で働き始めた研修医・斉藤英二郎の視点から、日本の医療現場の矛盾と現実を描く作品です。冒頭の問いは「医者って一体、なんなんだ?」。ここから、理想と現場のギャップが、具体的な数字と出来事で立ち上がります。

印象的なのは、斉藤の月収が3万8千円だと示されることです。医学部を卒業して3か月。ようやく初めて患者を受け持つことになったタイミングで、医師という職業の“尊さ”と“過酷さ”が同時に迫ってきます。

読みどころ

1) 天才医師ものではなく、「制度」と「現場」を描く

この作品は、スーパードクターが奇跡の手術で救う話ではありません。病院の中で何が優先され、何が後回しにされるのか。誰が疲弊し、誰が救われにくいのか。医療の構造を、当事者の目線で描きます。

研修医という立場は、責任が軽いわけではありません。一方で裁量も小さい。だから「現場の矛盾」をいちばん受け止めやすい位置でもあります。斉藤の視点は、医療の知識がない読者にも“組織の圧”として伝わってきます。

2) 主人公の“正しさ”が揺れるところが怖い

斉藤は理想を持っています。しかし、理想が強い人ほど、現場の現実に削られたときの反動も大きい。正しいはずの怒りが空回りしたり、患者の前で言葉を失ったりする場面が積み重なります。医療を題材にしていながら、人間の仕事の物語として刺さります。

この巻の導入で、医学部卒業から3か月で初めて患者を受け持つ、という事実が示されます。責任の重さに対して、準備期間が短い。ここに恐怖があります。読んでいる側は「うまくやれ」と願うのに、うまく回る条件が揃っていない。その緊張が、ページをめくらせます。

3) 完全版としての読み味

本書は高画質の完全版として、デザインを一新し、連載当時のカラーページを再現すると紹介されています。題材が重いぶん、画面の情報量と読みやすさは大事です。作品の衝撃を、いまの視点で読み直す入口としても良い形だと感じました。

完全版の意義は、情報の復元だけではありません。当時の社会状況に刺さったテーマが、今読んだときにどう響くかを確認できる点にもあります。医療は制度が変わっても、現場の歪みがすぐに消える分野ではありません。だから、読み直しに耐える題材だと思います。

この巻で考えさせられること

1巻は、医療の“理想”を語るより先に、現場の手触りを見せます。給与、労働、責任、上下関係。そこに患者の不安が重なる。読みながら「善意だけでは回らない」現実を突きつけられます。

だからこそ、医療に詳しくなくても読み進められます。専門知識ではなく、働く人が組織の中で何を背負わされるか、という普遍的な話になっているからです。

また、タイトルの「ブラックジャック」は手塚治虫の名作を思い出させます。しかし本作は、無免許の天才外科医の痛快さとは逆方向です。現場の若手が、制度の中で選べない選択肢に追い込まれる。その苦しさを、逃げずに描く作品です。

読みながら「医療の話」から「自分の仕事の話」へスライドしていく感覚がありました。現場で汗をかく人が、報われにくい構造。正しいはずの行動が、組織の都合で歪む瞬間。そういう普遍性が、1巻の強さです。

1巻の“パンチ”の正体

この巻で強烈なのは、主人公がまだ何者でもない点です。名医でもなく、権限もない。にもかかわらず、患者の前に立つ。給与の低さや労働の過酷さが強調されることで、医師という職業に重なる期待と現実の差が、読者に突き刺さります。

そして、主人公の正義感があるからこそ、矛盾が見えます。矛盾が見えるからこそ、苦しい。1巻はこの循環を一気に立ち上げます。続巻を読むかどうか以前に、1巻だけでも「医療を支えるのは誰か」を考えさせられます。

こんな人におすすめ

  • 医療ドラマより、医療の現実に触れたい人
  • 「仕事の理想」と「組織の現実」のズレに悩んだことがある人
  • 社会の仕組みを、物語として理解したい人

読後に残るのは、単純なカタルシスではありません。現場の声が頭から離れなくなるタイプの衝撃作です。1巻は、その始まりとして十分に強いパンチがあります。

医療に関心がある人はもちろん、仕事の中で「これはおかしい」と感じた経験がある人にも刺さると思います。問題提起の強さと、物語としての読みやすさの両方があるので、社会派の入口としても読みやすい1巻です。

重い題材ですが、読み進めるほど「知らないままではいられない」という感覚が強くなります。ニュースで医療に触れたとき、現場の見え方が変わる。そんな種類の後味が残る作品です。

1巻は、その視点の切り替えを起こすための導火線として、とても優秀です。

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