レビュー
概要
『ホムンクルス』1巻は、高級車でホームレス生活を送る名越進が、医学生の伊藤学から頭蓋骨に穴を開ける「トレパネーション」の実験を持ちかけられ、人の内面が異形として見えるようになっていくサイコホラーです。設定だけ聞くと奇抜ですが、実際に読んでみると、本当に怖いのは超常現象そのものではなく、「人は自分をどこまで見ないふりできるのか」というテーマだとわかります。
1巻の時点では、まだ世界のルールは明かされきりません。それでも十分引き込まれるのは、名越という主人公が最初からかなり不穏だからです。社会的には完全に落ち切っているわけでもなく、かといって普通の生活へ戻る気配もない。高級車と公園の間で揺れる中途半端さが、彼の内面の裂け目をすでに示しています。その「ズレ」の上へトレパネーションという異常な行為が重なるので、怖さに妙な説得力が出ます。
読みどころ
最大の読みどころは、ホムンクルスが見え始めるまでの導入です。山本英夫は、いきなり怪異を見せて驚かせるのではなく、名越の生活の気味悪さ、伊藤の執着、身体への違和感をじわじわ積み上げていきます。そのため、実際に異形が現れたときには「突然の怪奇」ではなく、「ついに壊れてしまった」という感覚が先に来る。この順番がすごくうまいです。
主人公の名越が、感情移入しやすい人物ではない点も本作の強みです。むしろかなり見ていて落ち着かない人間ですが、その不安定さがあるからこそ、読者は「この人の見ているものは幻覚なのか、それとも真実なのか」を簡単に判断できません。善良な人物ではありません。かといって、わかりやすい悪人でもありません。社会の外へ半歩だけはみ出したような男を中心へ置いたことで、作品全体の足場がずっと揺れ続けます。
また、1巻はホラーでありながら、人の外見と内面の関係をめぐる漫画として非常に鋭いです。ホムンクルスの姿は単に不気味な化け物ではなく、その人が抱える欠落や歪みの象徴として現れます。つまり本作は、怪物を怖がる話ではなく、「人間の本音が見えてしまったらどうなるか」を描く話でもあります。この視点があるので、読後には恐怖だけでなく嫌な納得感が残ります。
絵の緊張感も抜群です。顔のアップ、視線の止まり方、街の空気の乾き方がいやに生々しく、超常的な場面よりむしろ日常のほうが不穏に見えるほどです。きれいに整理された世界ではなく、どこか汗や匂いまで伝わるような湿度がある。その質感が『ホムンクルス』の怖さを底上げしています。
類書との比較
サイコホラーや精神世界を扱う漫画には、謎解きとして読ませる作品も多いですが、『ホムンクルス』はもっと身体感覚に寄っています。理屈を積み上げて説明するより、頭蓋骨に穴を開けたあとの気持ち悪さ、見えてはいけないものを見たときの嫌悪、他人の内面に触れてしまう不快さを前面に出してくる。だから、読んでいる側の神経までざらつきます。
また、異形が見えるという設定だけなら『寄生獣』や各種オカルト作品とも並べられますが、本作は戦いや爽快感の方向へほとんど逃げません。見えるようになったことで強くなるのではなく、むしろ自分自身の危うさが増していく。その下り坂の不安定さが、本作をかなり独特な位置に置いています。
こんな人におすすめ
- 心理描写の濃いサイコホラーを読みたい人
- 「怖い」より「気味が悪い」が効く作品を探している人
- 設定の奇抜さだけでなく、人間の醜さまで描く漫画が好きな人
- 読後に考察したくなる不穏な作品を読みたい人
感想
1巻を読むと、ホラー漫画なのに怪物の造形以上に、名越という人間そのものが怖くなってきます。社会から落ちたわけでも、完全に壊れているわけでもない中途半端さが本当に不安で、「この人は何を失ったのか」を知りたくて読み進めてしまう。怪奇現象の先に、もっと現実的な空洞が見えてくる構造が強いです。
印象に残るのは、トレパネーションという極端な行為が、突飛なアイデアで終わっていないことです。頭に穴を開けるという暴力性が、そのまま「見ないで済ませてきたものを開ける」行為にも見えてくる。だから、ただのオカルト設定とは違って、物語全体に嫌な説得力があります。
万人向けとは言いませんが、サイコホラーの傑作として名前が挙がり続ける理由は1巻から十分伝わります。人の心の闇を怪談としてではなく、目の前の現実の延長として見せてくる。その冷たさが忘れにくい一冊です。
謎を解いてすっきりしたい人より、気持ちの悪い余韻を長く引きずる作品が好きな人に向いています。1巻の段階でも「続きを読まずにいられない不穏さ」はかなり強いです。