レビュー
概要
『屍鬼』1巻は、人口が減り旧態依然とした山里・外山村を舞台に、「屍鬼」と呼ばれる謎の存在に村人が襲われる事件が次々に起こる瞬間から始まる。小児科医・田中清の赴任とともに、医療として「とまい板」で防ぎきれない不自然な死が頻発し、村の空気が徐々に凍りつく。巻末に屍鬼たちの正体と弱点のヒントが提示され、夜間に出歩く人間の身体が段々と変容していく描写がある。
読みどころ
- 第1章では、白いドレスを着た少年が「血のにおい」に反応する描写があり、その視点でがらんとした村の闇を言語化する。血の匂いという知覚は、生理学的に恐怖の再現性を担うトリガーとなり、読者の神経をじわりとさせる。
- 田中医師とその家族の関係性が、熱意と冷静さの間で揺れる。とくに、娘・藤野の学校での孤立と、学校長が起こす不可解な処置(寄宿舎の鍵を閉じる指示)のシーンが、集団が「異物」を排除するメカニズムを露わにする。
- 霊場の老人・田辺との対話では、「屍鬼」という名前がどう生まれたかが説明され、既存の怪談の文脈を継承しながらも、疫学的思考によってその謎に迫っていく。怪異を「理論」の俎上に載せようとする姿勢が、この巻の知的刺激の核となっている。
類書との比較
『屍鬼』は、単なるホラーではなく人間と異形の境界に注目した点で『うしおととら』以上に『Another』に近い。前者が怪物の喧騒を壮大に描くのに対し、本作は疫学的な問いと群像劇を絡めるので、物語の進行が心理史学的である。さらに「人が人を噂で殺す」点では、村上春樹の短編にある「他者に対する集団の視線」を再認識させる。視覚的な圧で読者を追い込む『惡の華』よりは、恐怖を言葉と村の制度で構造化する点で独自性がある。
こんな人におすすめ
- 日常の裏側に潜む「制度が抱える暴力」を物語で追いたい人。
- 怪異を倫理的・社会的な文脈で再検討したい読書家。
- 集団心理と伝統的な村社会の均衡が崩れる瞬間に興味があるホラー好き。
感想
巻末に示された「屍鬼化」のプロトコルは、単なるゾンビ化とは異なり、意思と倫理の損失を描いたものだった。田中医師が最初に症状に直面したときの焦燥と、目に見えない「死」を理科として解釈しようとする冷静さの落差が、この巻を底から支えている。村の住民を分断する「誰が屍鬼か」という疑いの連鎖は、恐怖を超えて社会的な叙事詩のように響く。
- 血の匂いと視線による恐怖の再現性。
- 科学的説明を求める医師の目線。
- 地方の閉鎖性が生み出す排除の仕組み。
- 次巻以降で、屍鬼を受け容れる側と排除する側の摩擦がどう拡大するか。
不安定な共同体と怪異が混ざり合う空気感を、儚さと冷徹さを併せて描いた第1巻。