レビュー
概要
『行け!稲中卓球部』1巻は、中学の卓球部という一見地味な場所を舞台に、前野(まえの)を中心とした部員たちが、思春期の勢いと下品さと妙な情熱で暴れ回るギャグ漫画です。
スポーツ漫画の顔をしているのに、卓球の勝ち負けより先に「この時期の男子って、どうしてこうなるんだろう」が容赦なく出てきます。
1巻の時点で空気は完成していて、学校、友達、恋愛っぽい感情、承認欲求みたいなものが、全部ギャグとして噴き出します。笑ってしまうのに、どこか痛い。そこがこの作品の強さです。
読みどころ
1) 前野の“変な行動力”が、物語を押し切る
前野は、卓球部員なのに卓球の練習ばかりするタイプではありません。
でも、くだらないことに対する熱量だけは異常に高い。しかも、その熱量が周りを巻き込む。1巻は、前野の暴走が「作品のエンジン」になっているのがよく分かります。
2) 卓球部という箱が、青春のダメな部分を全部受け止める
部活って、仲間意識もあるし、上下関係もあるし、変なルールも生まれがちです。
この巻は、その“箱”の中で、人間がどれだけくだらない方向へ転がれるかを全力で見せてきます。笑いながら、「分かる、こういう空気あった」と思わされるのが悔しいです。
3) ギャグが強いのに、キャラの輪郭が残る
稲中は、1つのネタで終わらず、キャラクターが積み上がっていきます。前野だけじゃなく、周りの部員たちも、ふとした言動で「この人はこういう人」が立ち上がる。
ギャグ漫画って、ここが弱いと飽きやすい。でも本作は、笑いながら人物が記憶に残る作りです。
1巻で見えてくる部活の“ノリ”と危うさ
前野の周りには、井沢や竹田みたいに、ツッコミ役になったり、同じ穴に落ちたりする部員がいます。誰か1人が変というより、集団になると一気におかしくなる感じがリアルです。
部室のノリ、教室のノリ、放課後のノリ。気づけば「それ、やっちゃダメだろ」という方向へ、全員で滑っていく。その滑り方が、笑えるのにちょっと怖い。
それでも、1巻がただ下品なだけで終わらないのは、彼らが真面目に生きてもいるからだと思います。友達に認められたいし、モテたいし、恥をかきたくない。
その切実さがあるから、暴走がより痛々しく見えるし、同時に可笑しく見える。稲中のギャグは、この切実さが下敷きにあるのが強いです。
こんな人におすすめ
- 何も考えずに笑いたいけど、切れ味のあるギャグがいい人
- 思春期の妙なテンションを、懐かしく(または恐ろしく)味わいたい人
- スポーツ漫画の文脈をひっくり返す作品を読みたい人
感想
1巻を読むと、「下品でくだらないのに、なぜか目が離せない」理由がすぐ分かります。前野の行動は、現実で出会ったら距離を取りたいタイプです。それなのに、漫画としては面白すぎる。
この“嫌さ”と“面白さ”を同居させるのが古谷実のうまさだと思います。
個人的には、卓球部という題材がちょうどいいと感じました。野球やサッカーほどヒーローになれない。だから、承認欲求が変な方向へ曲がる。その曲がり方がギャグになる。
笑って終わるのに、ふと「あの頃の自分も似たようなこと考えてたな」と思い返させられる。1巻からすでに、その毒と青春の混ざり方が完成していました。
あと、卓球というスポーツ自体が、1対1の瞬間に空気が凍る競技なのも地味に効いている気がします。負けるときの言い訳がしにくいし、勝っても大きな注目は集まらない。
だからこそ、部員たちは別の場所で目立とうとするし、変な勝負に走る。1巻は、その“別方向の闘争心”がギャグとして爆発していて、読み終えたあとも笑いが残りました。
もちろん、笑いの質は人を選びます。下品さが前面に出る場面もあるし、読んでいて「やめて」と言いたくなる瞬間もある。
でも、そのギリギリを攻めるから、学校という閉じた世界の息苦しさや、思春期の焦りまで笑えるようになる。1巻は、そういう“攻め方の説明書”みたいな濃さがありました。
卓球部の話なので、もちろん卓球も出てきます。ただ、勝利への熱血より、卓球台の周りで起きる人間関係のほうが濃い。スポーツの皮をかぶった学園ギャグとして、1巻から勢いが止まりません。
読み終えたあとに残るのは、爽やかな青春ではなく、変な笑いと妙な懐かしさです。そこが刺さる人には、かなり強い1冊だと思います。部活の空気を思い出して笑える人には特に刺さります。