レビュー

概要

生き物を「生かす」話は多いが、「死なせる」話は避けられやすい。だが現実には、外来種、害獣、感染症、農業、都市。さまざまな場面で、人間は生き物の生死を管理している。本書『生き物の死なせ方』は、その管理を“自然の問題”ではなく“社会の問題”として捉え直す一冊だと感じた。

刺激的なタイトルだが、内容はセンセーショナルな方向へ寄らない。むしろ、共生・共存という理想語が、どんな条件で破綻するのかを丁寧に追い、線引きの現実を言語化する。読み終えると、倫理と制度の距離感が変わる。

読みどころ

1) 「共生」の外側を言語化できる

共生・共存は大事だが、万能ではない。人と生き物の関係は、利害が一致する局面もあれば衝突する局面もある。本書は、その衝突を「個人の感情」ではなく、制度・科学・現場の制約として整理していく。議論が荒れにくい。

2) 現場の実務(管理・駆除・防疫)が見える

生き物の管理は、抽象的な正しさより、現場の実行可能性が支配する。誰が、どの権限で、どの方法を選ぶのか。本書は、その現実を具体のケースで追える。ここが社会学として面白い。

3) 「自然/社会」の二分法が崩れる

生き物の問題は自然現象のように見える。だが、人の行動が条件を作る。逆に、社会問題として語られても、生態学的な制約が残る。本書は、その境界の揺れを扱うので、単純な二分法に飽きた人ほど刺さる。

類書との比較

外来種や害獣管理を扱う書籍には、生態学のデータを中心に解説するタイプと、動物倫理や環境倫理に重心を置くタイプがある。前者は現象理解に強い一方で、現場での線引きの政治性が見えにくい。後者は規範的な議論に強いが、実務制度との接続が弱くなることがある。本書は社会学の立場から、制度・現場・価値の衝突を同時に描くため、議論を実装可能性に引き戻してくれる。

また、共生を肯定する語りだけでなく、「なぜ、どこで、誰が死なせる判断を引き受けるのか」という問いを正面から扱う点は、類書の中でも独自性が高い。環境問題を善悪の対立としてではなく、意思決定と責任配分の問題として整理したい読者にとって、本書は議論の基礎体力を作る一冊になりやすい。

こんな人におすすめ

  • 外来種・害獣・感染症などの議論を、倫理だけでなく制度として理解したい人
  • 環境問題を「正しさ」ではなく「線引きの設計」として考えたい人
  • 社会学の視点で、自然と人間の関係を見直したい人

読み方のコツ

おすすめは、読みながら「この線引きは誰にとって必要か」を毎回メモすることだ。

  • 安全のためか(感染症・事故)
  • 経済のためか(農業・漁業)
  • 生態系のためか(保全)
  • 価値観のためか(文化・倫理)

線引きの“受益者”が見えると、議論が感情から設計へ移りやすい。

すぐ試せるミニ演習(5分)

身近なニュースを1つ選び、次の3点だけ書く。

  1. 何を守ろうとしているか(人命、産業、生態系など)
  2. 何を犠牲にしているか(生き物の命、コスト、時間)
  3. そのトレードオフは、どこで決められているか(法律、自治体、現場の慣行)

この演習は、議論の土台を揃える助けになる。

学びを定着させる小技(論文メモ)

社会学の本は、読んだ直後は「分かった気」になりやすい。そこで、思い出す練習を入れるのが有効だ。学習研究では、読み直しよりも自力で思い出す(retrieval practice)ほうが長期保持に有利だと報告されている(例:DOI: 10.1111/j.1467-9280.2006.01693.x)。

本書を読んだら、翌日に「印象に残った線引きを1つ」「その線引きの理由を2つ」「反論を1つ」だけ書く。これだけで、議論が自分の中に残りやすい。

次に読むなら

本書で視点が開いたら、次はテーマ別に深掘りすると理解が進む。たとえば、外来種問題なら生態学・政策、感染症なら公衆衛生と社会、害獣なら農業と地域社会、といった具合だ。同じ「線引き」でも、領域ごとに制約条件が違う。本書の枠組みは、そうした違いを整理する土台になる。

注意点

本書は「正解」を与えるタイプではない。むしろ、正解が作れない状況でどう線引きをするか、という現実の問題を扱う。だから読み手には、結論を急がず、論点を整理して持ち帰る姿勢が向く。

また、扱う題材によっては、読者の経験や価値観に強く触れる。読んでいて反発が出たなら、それは悪い反応ではないと思う。どこで反発したのかを書き出すと、線引きの前提(安全、経済、倫理、自然観)が見えてくる。

感想

この本は、生き物の問題を“優しい言葉”だけで片付けない。だが冷酷でもない。現場の条件の中で、どんな価値が衝突し、どんな制度が必要になるのかを、落ち着いて描いている。読み終えると、環境問題や動物の議論で、まず「何を守る設計なのか」を考えるようになる。その変化が大きかった。

私は、「共存」という言葉を使う前に、具体の条件(誰がコストを負担し、どこまで許容し、何を優先するか)を言語化する必要がある、という感覚が残った。議論を丁寧にしたい人向けの一冊だと思う。

もう1つ良かったのは、読み終えてから他者と話したくなる点だ。行政、研究者、農家、住民、愛護の立場。立場が違うほど、同じ事例でも「守りたいもの」が変わる。本書は、その違いを前提にした議論の入口を作ってくれる。

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    大手出版社で書籍編集を10年経験後、独立してブロガーとして活動。科学論文と書籍を融合させた知識発信で注目を集める。
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