レビュー

概要

『ハイスコアガール(1)』は、1990年代の対戦格闘ゲームブームとゲームセンター文化を背景に、ゲームしか取り柄がない少年・矢口春雄(ハルオ)と、成績優秀なお嬢様なのにゲーセンで無双するヒロイン・大野晶の関係を軸に進むラブコメディです。舞台は1991年の溝の口。世の中の出来事とは別に、子どもたちの世界ではゲームセンターが“小さな戦場”になっている。その温度感が作品全体の前提になります。

因縁の中心に置かれるのは『ストリートファイターII』(ストII)。勝ち負けがそのまま感情のやり取りになっていて、言葉より先に“対戦”で距離が縮まっていきます。

第1巻は、ふたりが出会い、ゲームを通じて関係ができていく導入の巻です。「ゲームは遊び」というより、当時の子どもにとっては、居場所であり、誇りであり、コミュニケーション手段でもあった。その空気が、ゲーム画面の引用やゲーセンの描写を通して立ち上がってきます。

読みどころ

1) “ゲームの勝ち負け”が、そのまま恋愛の言語になっている

この作品の面白さは、感情を直接しゃべらせないところです。晶は寡黙で、ハルオも素直に気持ちを言語化できない。だからこそ、対戦で勝つ/負ける、乱入する、連コインする、といった行動が、そのまま感情表現になります。

ストIIの対戦は、ただの懐かしさではなく、ふたりの関係を動かす装置。ゲームが“会話”になっているのが、この漫画ならではです。

第1巻の時点で、勝負に勝ったときの高揚と、負けたときの惨めさがどちらも丁寧に描かれます。だから、ただの“ゲームのよくある話”ではなく、青春の手触りとして残るのだと思います。

2) 90年代ゲーセンの空気が、細部の描写で伝わってくる

ゲーセンは明るい場所ではないのに、そこにしかない熱量がある。常連の視線、筐体の配置、対戦台の緊張感、子どもが大人の世界に混ざっている感じ。第1巻から、その空気がちゃんと描かれているので、当時を知る人は一気に連れていかれます。

知らない世代でも、文化としての面白さは伝わりやすく、そこが強みです。「勝てる場所がここしかない」と思い込むハルオの必死さが、ちょっと痛くて、でも共感できる。学校では冴えないのに、ゲーセンでは名前が通る。そういう“居場所のねじれ”が、青春の切なさとして効いてきます。

3) ハルオの“ダメさ”が、ただのギャグで終わらない

ハルオは口が悪く、要領もよくありません。でもゲームにだけは本気で、負けると悔しがり、勝つと調子に乗る。子どもの未熟さがそのまま出ているから、笑えるのに、時々切ない。

晶の存在は、そんなハルオの“唯一の誇り”を脅かす相手として登場します。だからこそ、最初の関係は険悪。そこから少しずつ形が変わっていく導入の運びが、とても上手いです。

4) ゲームの引用が、物語のテーマに沿っている

実在ゲームの引用は、知識マウントになりがちです。でも本作は、ゲームの画面やキャラクターを、心情表現の比喩として使う。たとえば、不安や葛藤に直面したとき、“ゲームキャラが背中を押す”ように見える演出が入り、読者は感情を直感的に理解できます。

ゲームを知らなくても「今の気持ち」を追える設計なので、ラブコメとして読みやすいです。

加えて、対戦格闘ゲームの“読み合い”そのものが、人間関係の比喩として機能します。相手の癖を読む、フェイントに引っかからない、負けたら次の手を考える。そういう思考が、そのまま恋愛の不器用さと重なって見えてくるのが上手いです。

類書との比較

ゲームを題材にした漫画は、攻略や勝負の強さに寄ると、読者が置いていかれます。本作は、勝負の熱さを描きつつ、中心はあくまで人間関係。ゲームは“青春の言語”として機能しているので、恋愛ものとしても成立しています。第1巻はその仕組みが一番分かりやすく見える巻だと思います。

こんな人におすすめ

  • 90年代のゲームセンター文化にピンとくる人
  • ゲームを知らなくても、青春ラブコメが好きな人
  • 言葉にできない感情の揺れを、行動で描く作品が読みたい人
  • ストIIをきっかけに、当時の熱狂を思い出したい人

感想

この第1巻を読んで印象的だったのは、ゲームが“趣味”ではなく“居場所”として描かれている点です。上手い・下手より、そこでどう生き延びるか、どう誇りを守るか。その必死さが、笑いと切なさの両方を生みます。

ハルオと晶の関係も、いきなり恋愛に飛ばず、まずは対戦相手として始まる。その不器用さが可愛くて、続きを読みたくなります。ゲームを通してしか話せないふたりが、少しずつ言葉以外の方法で気持ちを伝え合う。そんな青春の入口として、強い1巻でした。

ストIIを知らない人でも読めるのは、勝負のルールより「負けたくない」「認められたい」という感情が先に立っているからだと思います。ゲームの画面が感情の字幕になる。その発明が、この作品を特別にしています。

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