レビュー
概要
『海賊とよばれた男(上)』は、敗戦後の日本で、石油を武器に世界へ挑んだ男・国岡鐡造(くにおか てつぞう)を描く物語です。モデルになっているのは、石油会社(国岡商店)の創業者。戦後の混乱の中で、資産を失い、借金を背負いながらも、従業員を一人も馘首せず、会社の再起を図る——という、骨太な立ち上がりから始まります。
タイトルの“海賊”は、無法者という意味ではなく、「世界のルールの外側で戦う覚悟」を象徴しています。正義と利益、国家と企業、仲間と組織。いくつもの葛藤を抱えたまま、物語は大きなうねりへ入っていきます。
読みどころ
1) 「従業員を切らない」決断が、物語の倫理芯になる
戦後、会社が苦しいときに真っ先に出る選択肢がリストラです。本作の鐡造はそれをしない。ここが物語のエンジンになります。
人を切らないのは綺麗事に見えますが、その綺麗事を貫くために、どれだけの無理と交渉が必要になるかが描かれる。だから“気持ちいいだけ”では終わりません。
2) 石油という資源が、戦後日本の現実をむき出しにする
石油は生活の基盤であり、国家の戦略物資でもあります。だからこそ、単なる商売の話に収まりません。
規制、国際情勢、利害関係。そこで「どう生き残るか」が問われます。上巻の時点でも、ただの企業小説ではなく、戦後のリアルを読む感覚が強いです。
3) “仲間”の描き方が熱い
会社の物語が胸を打つのは、個人の天才より、集団の覚悟が描かれるときです。本作はそこが丁寧です。
鐡造の器量だけでなく、現場が支え、信じ、踏ん張る。組織の背骨が見えるので、「仕事の物語」としても読めます。
4) 章の引きが強く、歴史小説が苦手でも読みやすい
時代背景は重いのに、章ごとの引きが強い。読みながら「次の局面」を知りたくなる構造です。長編が苦手な人でも、上巻は勢いで入れます。
類書との比較
経営者小説は「カリスマの成功物語」になりがちですが、本作はもう少し泥臭い。勝つための駆け引き、負けの痛み、理不尽さがきちんと描かれます。
また、同じ戦後を扱う作品でも、個人の生活へ寄るものと、国家や産業へ寄るものがあります。本作は産業の側から戦後を見せる。石油という切り口が強いです。
こんな人におすすめ
- 熱い仕事小説が読みたい人
- 戦後日本の現実を、物語で追体験したい人
- 組織のリーダーシップや意思決定に興味がある人
- 長編でも“一気に入れる”本を探している人
本の具体的な内容(上巻で描かれること)
上巻は、1945年8月15日の敗戦を起点に、国岡鐡造が「失った状態」からどう立ち上がるかに焦点が当たります。会社資産のほとんどを失い、借金もある。それでも従業員を切らず、出勤簿も定年もない異端の会社として再起を狙う。
ここで描かれるのは、成功談というより「復旧」です。まず足場を作る。次に信用を取り戻す。そして石油という武器で、世界との戦いへ入っていく。その助走が上巻です。
読み方のコツ
本作は、組織や商売の判断が連続します。読みながら「自分ならどうするか」を考えると、面白さが増します。
- 人を切らない判断は、なぜ可能だったのか
- “理想”を守るために、どこで現実と折り合うのか
- 石油の価値が、なぜ戦略になるのか
この問いを持って読むと、ただ熱いだけでなく、意思決定の本として読めます。
合わないかもしれない人
スピード重視のエンタメを求める人には、序盤が重く感じるかもしれません。戦後の前提や組織の状況を丁寧に積むぶん、派手な山場は後半へ貯金されます。
逆に、ここで積んだ重さがあるから、後の展開が効きます。序盤は「世界の再起動」だと思って読むと入りやすいです。
感想
この本を読んでまず来るのは、「立ち上がるしかない」空気です。敗戦で、社会の前提が全部崩れる。会社も個人も、失ったものが大きすぎる。その中で、鐡造が選ぶのは“守ること”ではなく、“作り直すこと”です。
上巻の良さは、理想が先に立つのに、現実の制約がきついところです。従業員を守ると言いながら、資金はない。信用もない。世界は日本に優しくない。その矛盾の中で、言葉ではなく行動が問われる。だから読者も、読みながら「自分ならどうするか」を考えてしまいます。
この作品は、モチベーション本のように“気持ちよく元気になる”だけではありません。むしろ、仕事の厳しさを見せながら、それでも背中を押すタイプです。読み終えると、正しさとは何か、責任とは何かを考えたくなる。上巻だけでも、その問いが十分に残ります。