レビュー
概要
『楠木さんは高校デビューに失敗している』第7巻は、コミュ力に課題を抱える楠木静が「自分らしさ」と周囲の距離感を改めて見つめ直す青春群像劇の最新章。文化祭の成功でクラスの女子との接点を少しだけ広げた楠木に、乙部萌の告白劇と志月恵助との微妙な友人関係が重なり、周囲と自分との摩擦点が浮かび上がる。友情のトライアングルは小学校時代の記憶と深く結びついており、恋のトラウマがぶり返した本作は、過去の楠木と今の楠木を比較しながら選択を迫る構成だ。20ページにわたる描き下ろしやノート風の挿話も含め、彼女と志月の距離がどう動いていくか、丁寧な筆致で描いている。
読みどころ
- 文化祭直後の楠木は、乙部萌の告白という予期せぬ刺激を受け、クラスメイトたちの気遣いと自分の感情のバランスに揺れる。顔の表情や背景の空気感が、彼女の複雑な内面を巧みに伝える。
- 小学校時代の友情の回想は、千草や廉と過ごした日々がフラッシュバックし、「ひとりぼっちでいたら誰も傷つかない」という幼い楠木の本音が再浮上。トラウマと向き合う構図が心理的な深みを与える。
- 志月への想いに名前をつけようとするエピソードでは、恋と友情という二択ではない「安心」のバリエーションが提示され、読者も自分の感情を見直したくなる。
- 描き下ろしでは楠木が過去の記憶を読み返し、それをユーモラスなセリフと共に語ることで、トラウマの重さをバランスよく緩める。
- 物語全体を通じて「楠木は本音を話しているか?」という問いが一貫し、読者自身が正直さと向き合うような視点を促す。
- 章間に差し込まれる楠木の小さなメモや表情カットが、彼女の内面の揺れを視覚化し、静かな観察者になるように読者を誘う。
- さらに、香盤表のようなコマ割りで志月や乙部の位置が示され、それぞれの視線や距離感の変化を追えるのも読みごたえがある。
類書との比較
同じ仲間内の恋と友情を描く作品では『青のフラッグ』や『やがて君になる』が挙げられるが、『楠木さん』は過去の傷と向き合う楠木視点で、恋を「攻めるもの」ではなく「距離を調整するもの」として描いている点が異なる。『青のフラッグ』が両性の恋模様をレイヤー分けするのに対し、本作は会話のテンポと視線の交差を使って「安全なグラデーション」を丁寧に描写し、静けさの中に脈動を生み出している。さらに『先輩がうざい後輩の話』のようにギャグと真面目を混ぜつつも心理の細部を追う構成と比較しても、この巻は過去からの問い直しをより重く扱い、読後には自分の距離感にも向き合う余白を残す。
こんな人におすすめ
- 恋の進め方に罪悪感を抱きやすい読者。
- 過去の友情が今の自分に影響しているのを感じる人。
- 人間関係の微細なさじ加減を楽しみたい人。
- イラストとセリフのテンポを重視するマンガ好き。
- 自己紹介が苦手な楠木のような正直さに共感する人。
- サブキャラクターの空気感から場面の温度を読み取るのが得意な人。
感想
- 乙部の告白が楠木の心の鍵を何度も回す構成は、恋というより「自分を知る時間」として機能する。
- 志月との距離感がゆっくり変化していくのがリアルで、ページを追うたびに二人の間の空気が濃くなる。
- 小学校の思い出を読み返す描写が、幼さと強さを同時に備えた楠木の現在をつなぐ橋になる。
- 描き下ろし20ページが本編の布石と合致し、シリーズを追ってきたファンへの贈り物になっている。
- 読後には「どれだけ正直でいられるか」という問いが残り、楠木と同じように自分の感情と対話したくなる。
- 千草や廉などの短いカットが楠木の返答と重なり、支えてくれる人たちがじわじわと空間を照らす姿が心に残る。
- その上で、少し差し込まれるモノローグが「恋の正解はひとつではない」というメッセージを再確認させるので、人間関係を再設計する感覚が得られる。
- 章末に貼られる料理の断片や手書きのメモが静かに効いていて、楠木が「誰かに食べさせたい料理」を考える瞬間に、距離を超えるアイデンティティのヒントを見つけられる。
付記
イラストは柔らかく、楠木の内面に寄り添うタッチで描かれており、セリフのひとつひとつが音を立てるように響く。ページをめくるたびに空気が変化する演出は、静けさの中に脈動を生む。本巻はラブコメ系のテンプレに頼らず、楠木という人間がどう成長していくのかを静かに見守る作りになっているため、読者は自分の距離感も棚卸ししたくなる。