レビュー

『スキップとローファー(12)』は、「学校生活って、こんなにいろいろな気持ちが同時に起きるよな」と思い出させてくれる巻です。紹介文にある通り、地方から東京の高偏差値高校へ首席入学した美津未(みつみ)は、勉強はできるのに同世代コミュニケーションの経験が少ない。しかも少し天然で、都会の高校はなかなか難しい。けれど、そのまっすぐでまっしろな存在感が、本人も気づかないうちに周囲をやわらかく変えていく。シリーズの骨格はここにあります。

12巻の良さは、日常の“当たり前”が、期限つきの高校生活の中では当たり前ではないと気づかせるところです。2年生に進級し、仲良しグループが別々になる。これは、青春漫画でよくあるイベントに見えます。でも本作は、それを悲劇にも、成長の美談にも寄せすぎません。別々になったからこそ見える表情がある。距離ができたからこそ、相手を想像する時間が増える。そういう静かな変化が、ちゃんと面白い。

この巻で強く感じるのは、「関係性は、言葉より行動で更新される」という描き方です。誰かのために予定を調整する。言いにくいことを飲み込む。逆に、飲み込まずに伝える。小さな選択が積み重なって、関係が“育つ”。その育ち方が、やさしくて、ちょっと痛い。だから読んでいて、自分の高校時代の記憶が勝手に反応します。

さらに、紹介文には「どこか憂いのある志摩くんの過去に迫りつつ」とあります。志摩くんは、表面の器用さと、内側の距離感のズレが魅力のキャラクターです。過去に踏み込む巻は、重くなりがちです。でも本作は、重さを“説明”で済ませず、日常の中に混ぜて出してきます。読者にとっても、感情の受け取り方を選べる。ここが上手いです。

進級して仲良しグループが別々になる、という状況も、読む側の胸に刺さりやすいと思います。高校生活は長いようで短く、クラス替えや選択授業の都合で、簡単に配置が変わります。仲が良いほど、離れた時の違和感は強い。でも、離れたから終わるわけでもない。別の場所で頑張っているのを想像できるようになる。そういう“距離の更新”が、この作品では明るく描かれます。泣かせるための別れではなく、暮らしの延長としての変化なので、読後に疲れが残りにくいです。

もう一点、このシリーズの強さは、主人公が万能ではないところです。まっすぐさは武器になりますが、同時にズレも生みます。善意が空回りする時もあるし、相手の事情を知らないまま踏み込みそうになる瞬間もある。そこで大事故にせず、周囲が少しずつ調整する。みんなが少しずつ不器用で、少しずつ優しい。その“少しずつ”の分量が、読者の現実感に合っています。

12巻は最新巻として読むと、どうしても前提情報が必要になります。けれど、紹介文にある通り、作品の骨格は「地方出身で同世代コミュ経験の少ない首席入学生が、まっすぐさで周囲を感化する」というところにあります。まずはその骨格を思い出してから読むと、進級や志摩くんの過去といった要素が、単なるイベントではなく、人物の輪郭を深める要素として入ってきます。追いつくために一気読みするより、少しずつ戻しながら読むほうが、この作品の呼吸に合います。

とくに志摩くんの描写は、説明しすぎない分だけ余白が残ります。その余白が、読む側の経験とつながった時に、急に重みが出る。そういう読み方ができる巻です。

そして、TVアニメ第2期の制作も発表され、という紹介文の通り、外側の注目が増えても、作品の中心はぶれません。大げさな事件ではなく、日常の中のわずかな違和感を拾って、そこから人の輪郭を立てる。喜怒哀楽ぜんぶ入りで、まばゆさが一段増す。そう言われると派手に見えますが、実際は“派手にしないからこそ眩しい”タイプの巻です。

類書比較:学園コメディより、感情のグラデーションを残す

学園ものの類書には、ギャグに寄せてテンポよく読ませる作品も、恋愛に寄せて感情の爆発で読ませる作品もあります。どちらも分かりやすい快感があります。

本作は、その中間にあるようで、実は別の方向です。笑いも恋もあるのに、結論を急がない。誰かを悪者にしてカタルシスを作らない。代わりに、感情のグラデーションを残します。だから、読み終えた時に「そういえば、あの一言は何だったんだろう」と後から考えたくなる。こういう余韻は、テンポの良さだけでは作れません。

また、主人公が“正しさ”で周囲を変えるのではなく、“まっすぐさ”で影響を与える点も独特です。説教や教訓が前に出ないので、読者は自分の経験を重ねやすい。学園漫画の類書を読み疲れた時ほど、本作の呼吸が心地よいと思います。

こんな人におすすめ

  • 大事件より、日常の関係性の変化を味わいたい人
  • 2年生以降の“友だちが変わる感じ”に覚えがある人
  • 余韻が残るスクール・ライフ作品を探している人

12巻は、誰かの人生が急に変わる巻ではなく、いつもの毎日が少しずつ違って見える巻です。その“少しずつ”の積み上げが、しっかり胸に残りました。

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