レビュー
概要
『だがしかし』1巻は、海沿いの田舎町にある小さな駄菓子屋「シカダ駄菓子」を舞台に、駄菓子の豆知識と、夏休みのような日常の空気を、テンポの良い会話劇で転がしていくコメディです。主人公は、店を継げと言う父・鹿田ヨウに反発し、漫画家を目指す高校生の鹿田ココノツ。そこへ、都会的な雰囲気の美少女・枝垂ほたるが現れます。彼女は大手お菓子メーカー「枝垂カンパニー」の社長令嬢で、ヨウを“駄菓子屋の店長”として迎え入れる目的でやってきた人物です。
ヨウが勧誘を受け入れる条件は「ココノツが跡継ぎになること」です。条件が付いた以上、ほたるはココノツを駄菓子屋へ引き留めるため、駄菓子の魅力をハイテンションに語り尽くします。読んでいるうち、駄菓子の名前が固有名詞としてどんどん増えていく。それでも会話の勢いが落ちない。1巻はこの“軽さの持続”が一番の強みだと思います。
読みどころ
1) ほたるの「語り」が、そのまま物語のエンジンになる
ほたるは駄菓子マニアで、食べ方、味の違い、当たりくじの仕組みなどを、勝手にプレゼンしてきます。ココノツは巻き込まれながらも、ツッコミ役として機能し、読者の「それって何?」を代弁してくれる。駄菓子という題材は説明が必要なはずなのに、説明が“説教”に見えないのは、キャラの利害と会話の噛み合いが上手いからです。
2) 継ぐか、逃げるか——ココノツの迷いが意外にリアル
表面はギャグでも、根っこには「家業を継ぐか、夢を追うか」という進路の問題があります。ココノツは駄菓子屋が嫌いなわけではない。でも、継いだ瞬間に“自分の人生が決まる”感覚が怖い。この揺れがあるので、ほたるの強引さがただの暴走で終わらず、ココノツの選択を揺さぶる圧として効いてきます。
3) 遠藤兄妹が入ると、恋愛感情がコメディの形で立ち上がる
ココノツの親友・遠藤豆と、双子の妹でココノツに恋する遠藤サヤが、ほたるの“駄菓子会議”に巻き込まれていきます。サヤは恋のライバルに見えますが、相手がほたるだと勝負の土俵がズレる。そのズレが笑いになる一方で、ココノツが「誰と、どんな未来を選ぶのか」というテーマを、重くせずに前へ押し出します。
4) 実在する駄菓子が出るから、読後に現実が少し変わる
うまい棒やコーラガム、都こんぶなど、現実に売っている駄菓子がそのまま出てきます。読み終えた後は、コンビニやスーパーの駄菓子コーナーが“舞台の続き”のように感じられるのが面白い。作品内の流行やニュースがリンクする作りもあって、フィクションでも距離が近いです。
こんな人におすすめ
- 重い物語に疲れたとき、短い話数で気分転換したい人
- 駄菓子の思い出があり、名前を聞くだけで懐かしくなる人
- 進路や家業のテーマを、明るい手触りで読みたい人
1巻の時点では、ほたるの登場がすべてを引っかき回し、ココノツの生活リズムが崩れていく段階です。そこで生まれる雑談の密度が濃く、駄菓子の知識が“会話の武器”として使われるのが楽しい。読みやすいのに、あとを引く1冊でした。
1巻をより具体的に楽しむ視点
本作の話数は「〜かし」という形式で名付けられていて、短い1話ごとに駄菓子やおもちゃが主役になります。たとえば、うまい棒のように誰もが見たことのある定番から、コーラガム、都こんぶ、ホームランバーといった“名前だけで記憶が戻る系”まで、作中に実在の商品が次々に出てくる。ここでほたるは、ただ好き放題に語っているのではなく、「この駄菓子の良さが分かるなら、駄菓子屋も継げるはず」というロジックで、ココノツを追い込んできます。
面白いのは、駄菓子が“懐かしさ”だけでなく、コミュニケーションの道具として描かれる点です。子どもの頃は駄菓子の価格や当たりくじの存在が、遊びのルールそのものでした。大人になると、同じ商品でも「なぜこの味を好きになったか」「誰と食べたか」という思い出のスイッチになる。ほたるはそのスイッチを、言葉で無理やり押してくるキャラクターで、ココノツは押された結果として自分の選択を考えざるを得なくなる。1巻の会話の勢いは、そのまま“進路の圧”として効いています。
もう1つ、舞台が「海沿いの田舎町」であることも効いています。シカダ駄菓子は、コンビニのように便利な場所ではなく、誰かがわざわざ寄る場所です。夏の日差し、ゆるい時間、店先でのだべり。そういう空気の中で、ほたるの都会的なテンションが浮いて見える。この対比が、作品全体の可笑しさを支えています。
駄菓子の値段は安く、1つ1つは小さい。それでも惹かれる理由は、「当たりが出るかもしれない」「子どもの頃の自分に戻れる」といった期待や物語を背負っているからです。1巻は、ほたるがその物語を武器にして、ココノツの進路を揺さぶっていく巻でもあります。軽い読後感の中に、選択のテーマが残ります。そこが良いところです。