レビュー

概要

『すべて忘れてしまうから』は、派手な事件で引っ張る本ではありません。むしろ、誰にも言えない気持ちや、過去の小さな後悔みたいなものを、静かにすくい上げるタイプの一冊です。読みやすいのに、読み終えたあとに「自分の中の引っかかり」が少しだけ言葉になります。

私はこの本を読んで、「忘れる」って優しさでもあり、残酷さでもあるなと思いました。忘れられるから生きていける。でも、忘れてしまうから失うものもある。その矛盾を、説教ではなく、生活の温度で書いてくれます。

読みどころ

1) 文章がやわらかいのに、刺さる

きつい言葉はあまり出てきません。なのに、ふとした一文で胸をつかまれる瞬間があります。読み手へ押しつけるのではなく、感情だけそっと置いていく感じです。だから、こちらの記憶は勝手に動きます。

2) 大人の恋愛や孤独が、きれいごとじゃない

恋愛って、若い頃の情熱だけじゃなくて、疲れや諦めや遠慮も混ざっていきます。本作はその混ざり方がリアルです。誰かを悪者にしないまま、関係の難しさを描いてくれます。

3) 夜に読むと、余韻が深くなる

派手に盛り上がらない分、静かな時間に合います。夜に読むと、言葉が体に残りやすい。私は「眠る前に読みすぎない」くらいがちょうどいいと思いました。

本の具体的な内容(ネタバレ控えめ)

この本は、人生の中で起きる“決定的ではない出来事”を扱います。たとえば、会えなかった人、言えなかった言葉、タイミングがずれただけの別れ。そういう出来事は、日常に紛れて見えなくなるのに、ある日ふいに戻ってきます。

本作は、その戻ってきた感情を「正しい答え」にしないで、曖昧なまま置きます。だから読みながら、「これは自分の話かもしれない」と思う瞬間が出てきます。読書というより、記憶の整理に近い体験です。

文章の好きなところ(感情を言い切らない)

この本の文章は、気持ちを大声で説明しません。だからこそ、読者側の気持ちが勝手に出てきます。

「寂しい」と言い切らないのに寂しい。「つらい」と言わないのにつらい。そういう書き方って、読んでいる側に余白が残ります。押しつけられていないのに、ちゃんと刺さる。そこが燃え殻さんの文章の強さだと思います。

読むときの注意(刺さり方が日によって変わる)

この本は、コンディションで刺さり方が変わります。余裕がある日は「いい文章だな」で終われる。でも疲れている日は、思い出したくない記憶を連れてきてしまうこともある。

もし今の自分に重いと感じたら、無理に読まなくて大丈夫です。読みかけで置いても、また戻って来られるタイプの本だと思います。

読み方のコツ

私は、刺さった章でいったん止まっていい本だと思います。続けて読むと、気づかないうちに心が疲れます。

もし余裕があるなら、読み終えたら「思い出したくないのに浮かぶこと」を1つだけ書き出してみてください。大げさな答えは要りません。言葉にした瞬間、少しだけ距離ができます。

類書との比較

この本は、泣かせに来る感動系というより、静かに体温が落ち着くタイプの作品だと思います。言葉のテンションが一定で、読者の気持ちを無理に引っ張りません。

その分、刺激がほしいときには物足りなく感じるかもしれません。でも私は、「今日は大きいものを受け取れない」日にこういう本があると助かります。優しさって、派手じゃない形でも成立するんですよね。

こんな日に読むのがおすすめ

  • 何かがあったわけではないのに、気持ちが重い夜
  • 人と会ったあと、急に一人になって寂しくなった日
  • 過去のことを思い出してしまって、うまく切り替えられない日

逆に、気分が明るいエンタメを求めている日は合わないかもしれません。無理に合わせなくて大丈夫です。気が向いた日に、少しずつでいいと思います。

こんな人におすすめ

  • 静かな余韻が残る本を読みたい人
  • 大人の恋愛や孤独の描写に惹かれる人
  • 気持ちをうまく言葉にできず、整理したい人
  • 物語より“文章の温度”で読みたい人

読み終えたあとに残るもの

この本は、読み終えてすぐに「答え」が出るタイプではありません。むしろ、翌日や、電車でぼーっとしているときに、言葉だけが戻ってきます。

その戻り方が、私は好きでした。大きく人生が変わるわけじゃない。でも、「今の自分の気持ちはこれかもしれない」と言えるようになる。そういう小さな整理が、次の日の呼吸を少しラクにしてくれます。

感想

この本を読んで感じたのは、忘れることは前向きなだけじゃないということでした。忘れたふりをして進んでも、体のどこかに残っているものがある。その残り方が、この本はすごくリアルです。

読み終えたあとに、元気になる本ではありません。でも、少し呼吸が整う。そういう効き方をする本です。気持ちがざわざわする夜に、静かに寄り添ってくれる1冊でした。

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    佐々木 健太

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