レビュー
概要
『1122 五代夫婦の場合(1)』は、実写ドラマ化もされた人気作『1122』のスピンオフとして、「もう1つの夫婦」を描く作品です。夫の五代敦史(40歳)と妻の五代紗綾(37歳)、そして一人娘の莉生。結婚10年目の一家は、自分たちを「いい夫婦」「しあわせな家族」だと思っていました——少なくとも、夫はそう信じていた。
ところがある日、紗綾は敦史に別れを告げます。夫にとっては寝耳に水。対して妻にとっては、長い時間をかけて積み重なった不満と不信が、限界を超えた結果としての宣告です。本書の導入だけでも、「同じ家にいて、同じ時間を過ごしているのに、ここまで見ている世界が違うのか」という怖さが立ち上がります。
※星評価はコンテンツの完成度を踏まえた目安として設定しています。
読みどころ1:別れ話が“事件”になるのは、片方だけ
夫婦のすれ違いは、多くの場合、両方が同時に気づくわけではありません。片方にとっては「突然の事件」でも、もう片方にとっては「ずっと前から続いていた日常の帰結」になりうる。本書はその非対称性を、敦史の驚きと紗綾の冷えた決意として、最初から真正面に置きます。
「好きな人」「寂しい」「ちゃんと聴いてる?」「しあわせな家族」といった各話タイトルは、物語の行き先をネタバレするのではなく、夫婦が言葉にできなかった感情をラベル付けしていく装置として効いていました。とくに「ちゃんと聴いてる?」は、夫婦の争点が“正しさ”ではなく“受け止められなさ”にあることを示唆します。
読みどころ2:「いい夫婦」という自己評価が、対話を止める
本書で刺さるのは、「自分たちは大丈夫」という自己評価が、むしろ対話の必要性を見えなくするところです。大きな喧嘩がない、生活が回っている、子どもがいる。外形的には問題が見えにくいほど、違和感は「贅沢な悩み」に押し込められ、表面化するまで時間がかかる。
そして時間がかかった分だけ、爆発の瞬間には“説明不足”が生まれます。妻側には積もりに積もった文脈があるのに、夫側にはそれが共有されていない。だから夫は「なぜ今?」と問い、妻は「今さら?」と感じる。このすれ違いの構造を、スピンオフで改めて照らし直すのが本書の面白さです。
読みどころ3:夫の言い分、妻の本音——どちらも単純に悪役にならない
夫婦ものが難しいのは、読み手がどちらかに肩入れすると、もう片方が“分からず屋”に見えやすい点です。でも本書は、「夫にとっての家族像」と「妻にとっての危機感」を、できるだけ同じ強度で並べようとします。
敦史は、家族を大事にしているつもりだった。紗綾もまた、壊したくて壊すわけではない。それでも関係が崩れるのは、善意の総量が足りないからではなく、善意の向きがズレてしまうからです。ここを雑に「男は鈍感」「女は我慢しすぎ」と片づけないことで、読後に残るのは他人事ではない手触りになります。
読みどころ4:「お母さん」という役割が、夫婦の会話をさらに難しくする
五代夫婦には娘の莉生がいます。この設定は、別れ話を「二人の問題」から「家族の問題」へ一気に引き上げます。夫婦だけなら“合わなかった”で片づけられることも、子どもがいると、選択は常に誰かの生活を揺らす決断になります。
本書を読んでいると、夫婦のすれ違いの理由は、愛情の有無ではなく「役割と責任の重さ」によって増幅される、と感じる場面がいくつも出てきます。タイトルに含まれる「しあわせな家族」という言葉も、本人たちの願いであると同時に、“こうでなければいけない”という呪縛になりうる。家庭を守ろうとするほど、言えないことが増え、言えないことが増えるほど、関係が遠ざかる——この循環を、生活のディテールとして感じ取れるのが強みです。
読みどころ5:スピンオフだからこそ、テーマが鋭くなる
スピンオフ作品は、世界観の補足に終わることもあります。でも本書は、「夫婦」というテーマを別の角度から絞り直すことで、本編で感じた違和感や痛みを“解像度を上げて”見せ直します。
別れ話を切り出す側/切り出される側、積もった文脈を持つ側/持っていない側。その非対称性は、誰にでも起こり得るのに、なかなか言語化されません。だからこそ、漫画として「言葉にする前の感情」を可視化できる意義が大きい。読み終えると、夫婦の問題を“個人の性格”に還元して安心するのではなく、「構造として起こる」と認めざるを得なくなります。
個人的に考えさせられた点:「再構築」はロマンではなく、手続き
本書の副題にある通り、テーマは“葛藤と再構築”です。ただ、再構築は感動的な仲直りイベントではありません。相手が何に傷つき、何を信頼できなくなり、何を恐れているかを、言葉にして並べ直す地味な手続きです。
その手続きが始まる前段階として、「別れを告げる」という強い行為が置かれるのも示唆的でした。穏やかな話し合いで解決できるなら、そもそもここまでこじれない。だからこそ本書は、関係修復の物語というより、「修復に取りかかれる地点まで戻る」物語として読むと腑に落ちます。
こんな人におすすめ
- 『1122』本編やドラマを見て、別の夫婦の視点でも考えたくなった人
- 夫婦関係が“表面上は平穏”なのに、どこか息苦しさがある人
- 「話し合いが大事」と分かっていても、何を話せばいいか分からない人
- 夫婦ものを、恋愛ではなく生活の物語として読みたい人
派手な事件が起きなくても、関係は静かに壊れていく。逆に言えば、静かに壊れていくなら、静かに立て直す道もあるはずです。本書はその入口として、「同じ出来事を、二人がどう受け取っていたのか」を見比べる体験を与えてくれます。