レビュー
概要
『モテキ』1巻は、「自分みたいな人間に恋愛なんて起きるわけがない」と思い込んでいた29歳の藤本幸世に、突然いくつもの出会いが重なっていくラブコメです。ただし、一般的なハーレムもののような気楽さで読むと、この作品の苦さを見落とします。幸世はただ女性に囲まれて浮かれる男ではなく、自己評価が低く、過去の恋愛経験にも引きずられ、相手の好意を素直に受け取れない人物です。だから「モテること」がそのまま救いにならず、むしろ自分の未熟さを何度も突きつける出来事になっていきます。
この1巻の時点で印象的なのは、恋愛がイベントとしてだけ描かれていないことです。音楽や映画、働き方、友人との距離感、携帯でのやり取りのテンポまで含めて、「2000年代後半の大人の恋愛と停滞」が作品全体の空気になっています。勢いのあるタイトルに反して、かなり観察的で、登場人物のかっこ悪さを丁寧に拾う漫画です。
内容とポイント
1巻の面白さは、幸世が「恋愛に向いていない自分」というセルフイメージを抱えたまま、複数の女性との関係へ放り込まれるところにあります。普通の恋愛漫画なら、主人公が誰を好きになるか、どの相手と結ばれるかが前に出ます。けれど本作では、その前段階として「この人はそもそも他人の好意を受け止められるのか」という問題が立っています。好意を向けられてもすぐ信じられない、少しうまくいくと舞い上がる、でも責任を取る覚悟は足りない。この不安定さがずっと残るので、恋愛が気楽な夢物語になりません。
また、女性たちの描き方も重要です。1巻に登場する相手は、単なる「属性の違うヒロイン」ではなく、それぞれ生活や価値観を持ち、幸世を映す鏡のように機能します。幸世は相手に選ばれる側だと思った瞬間に身がすくみ、逆に自分が選ぶ側に立とうとすると急に不誠実になります。この揺れ方がかなり生々しくて、読んでいて笑えるのに同時に痛いです。大人向けの恋愛漫画として、この「情けなさ」を逃げずに描いているところが強いです。
本作は音楽やサブカルチャーの引用も効いています。ただ飾りとして名前を出すのではなく、登場人物が何に共感し、何を盾にして生きているかがそこから見えてきます。好きな曲や映画のセリフに自分を重ねてしまう感じは、恋愛の場面で急に自意識が暴走する感覚と相性がいいです。そのため、恋愛の進展だけでなく、「この人はどんな物語で自分を支えてきたのか」まで伝わってきます。
さらに、コメディとしてのテンポもかなりいいです。幸世の妄想、言い訳、空回りは大げさなのに妙にリアルで、読者は笑いながら「ああいう時こうなるよな」と思ってしまいます。重くなりすぎず、かといって軽薄にもならない。このバランス感覚が、1巻を一気に読ませる理由です。
この本の良さ
この本を読んでよかったのは、「モテること」を成功として単純化しないところです。幸世は出会いが増えても、そこで急に魅力的な大人になるわけではありません。むしろ選択肢が増えるほど、自分がどれだけ未熟かが露呈していきます。この構造があるから、恋愛のドタバタがそのまま人間観察になっています。恋愛漫画でありながら、読後に残るのは「誰とくっつくか」より、「自分は他人とちゃんと向き合えるのか」という問いです。
もう1つ良いのは、笑いの中にある時代感です。携帯電話での連絡、仕事の不安定さ、カルチャーへの依存、自分探しが気恥ずかしくなってきた年齢の焦り。1巻には、若者でもなく、まだ中年とも言い切れない二十代後半の宙ぶらりんな感覚がよく出ています。これがあるので、単なる恋愛喜劇ではなく、人生の停滞を切り取った作品としても読めます。
また、幸世がひどく情けないのに、完全には嫌いになれないのも大きいです。自意識過剰で、見栄っ張りで、でも本気で誰かを傷つけたいわけではない。この中途半端さがリアルで、読者は彼を笑いながらも突き放せません。完璧な主人公ではないからこそ、少しずつ変わろうとする気配に価値が出ます。
こんな人におすすめ
恋愛漫画が好きな人はもちろん、恋愛よりも「自意識のしんどさ」を描いた作品が読みたい人に向いています。二十代後半から三十代手前の停滞感に覚えがある人なら、かなり刺さるはずです。逆に、最初から誠実で爽やかな主人公の恋愛成長譚を求める人には、幸世の情けなさがしんどく感じるかもしれません。
恋愛で人生が輝く話というより、恋愛によって自分の嫌な部分が次々あぶり出される話でした。だからこそ笑えるし、だからこそ読後に残るものがあります。大人のラブコメとして今読んでもかなり鋭い1巻です。