レビュー

概要

『アイアムアヒーロー(1)』は、売れない漫画家アシスタント・鈴木英雄(ひでお)が、じわじわと日常が壊れていく気配の中で、「自分はヒーローになれるのか?」という問いに追い込まれていくサバイバル・ホラーです。ゾンビものの派手なパニックというより、まず怖いのは“人間のほうが先におかしくなる”感覚。英雄の視点が頼りないぶん、読者も現実感のない不安に巻き込まれます。

この第1巻(My First WIDE)は、英雄の生活の息苦しさと、社会のほころびが同じ画面に並び、やがてそれが一本の線につながっていくところが強烈です。「世界が終わる」と気づくのではなく、「終わりが始まっているのに、気づきたくない」ままページをめくらされます。

読みどころ

1) 主人公が“頼れる強者”ではない

英雄はヒーローっぽくありません。自意識が強く、被害妄想もあり、状況判断も遅い。だからこそ、危機が来たときに「自分だったらどうなるか」が嫌なくらい想像できてしまう。強い主人公の無双ではなく、弱い主人公の現実が怖いです。

2) 日常描写が、そのままホラーの助走になっている

アシスタント仕事、同居人との空気、恋人との口論、コンビニの雑さ。どれも“よくある生活”なのに、少しだけズレている。そのズレが積み重なることで、読者の警戒心が勝手に上がっていきます。

3) 「ZQN」という命名が、不気味さを増幅する

感染者を指す言葉として出てくる「ZQN(ゾキュン)」は、可笑しいのに笑えない。言葉が軽いほど、現象の重さが際立ちます。人が人でなくなる現実を、軽薄なラベルで処理してしまう怖さが出ます。

本の具体的な内容

英雄は35歳。漫画家を目指しているのに芽が出ず、いまは売れっ子作家のアシスタントとして食いつないでいます。仕事はある。でも「自分の漫画」はない。しかも現場では、理不尽な指示や締切の圧力が飛んでくる。英雄は内心で毒づきながらも、反論できない。そんな“中途半端なプライド”が、彼の生活の地面になっています。

私生活でも英雄はうまくいきません。恋人のテッコとの関係はすでに冷え切っていて、言葉は噛み合わず、怒りだけが増える。英雄は「自分は悪くない」と思いたい。でも、相手から見れば英雄は頼りなく、幼い。ここで描かれるのは、世界の崩壊以前の「個人の崩壊」です。だからこの作品の恐怖は、外から来る怪物だけではなく、内側から壊れていく生活そのものにあります。

その一方で、街の空気がおかしい。電車や路上での違和感、ニュースの端に見える事故、妙に攻撃的な人々。英雄はそれを「気のせい」にしたいのに、気のせいでは済まなくなる。英雄自身の妄想(頭の中で聞こえる声や、都合のいい自己演出)も混ざるので、読者は「いま見ているものが現実かどうか」すら揺らぎます。この不安定さが、ホラーとして効いています。

さらに決定的なのが、英雄が散弾銃を持っている設定です。彼は狩猟や射撃の世界に憧れがあり、法律を守って銃を所持しています。普通の日本の生活ではあり得ない“武器”が、英雄の部屋にある。これが後に、英雄の自意識(ヒーロー願望)と、現実の暴力を強制的につなげます。第1巻は、その接続が始まる地点までを、じっくり不快に描いていきます。

この武器があるせいで、英雄の恐怖は単なる被害者の恐怖では済みません。銃を持っている人間は、守れるかもしれない一方で、撃ててしまう。撃った瞬間に戻れない。だから英雄は「持っている」ことを誇りたくなるのに、「使う」ことは想像したくない。第1巻は、その矛盾が、生活の小さな場面(部屋、仕事場、街の移動)に何度も顔を出します。

また、英雄の視点が信用できないことが、この作品の怖さに直結します。英雄は自分を正当化し、負けを認めたくない。だから現実を歪める。読者はその歪みを見ながら、「いま起きている異常が、英雄の妄想ではなく現実だ」と確信するまでに少し時間がかかります。その確信が生まれた瞬間、遅れてやってくるのが本当の恐怖です。信じたくないのに信じざるを得ない。この体験を、第1巻だけで作り切っているのが強いと思いました。

類書との比較

ゾンビ作品は、感染が広がったあとに「どう生き延びるか」を主戦場にすることが多いです。『アイアムアヒーロー』の第1巻は、その前段の「平常心が崩れる過程」をしつこいほど描きます。状況が派手になっていない段階で怖がらせるから、後のパニックが“物語”ではなく“現実”に感じられる。ここが同ジャンルの作品と大きく違うポイントだと思います。

こんな人におすすめ

  • パニックよりも、不穏さが積み上がるホラーが好きな人
  • 主人公が弱くて情けないタイプの物語に、逆に引き込まれる人
  • ゾンビものを読み慣れていて、別の切り口を体験したい人
  • 日常が壊れていく描写でゾッとしたい人

感想

第1巻を読んで一番怖かったのは、感染者そのものより、英雄の「自分を守るための嘘」が少しずつ通用しなくなるところでした。平気なふり、正しいふり、被害者のふり。そういう鎧が、現実の前で剥がれていく。

英雄は格好よくない。でも、格好よくないからこそ、物語の問いが刺さります。ヒーローになりたいと願うのは簡単で、ヒーローの行動を取るのは地獄みたいに難しい。第1巻は、その地獄の入口を、逃げ場のないリアリティで見せてくる導入でした。

本の虫達

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    大手出版社で書籍編集を10年経験後、独立してブロガーとして活動。科学論文と書籍を融合させた知識発信で注目を集める。
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    佐々木 健太

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