レビュー

概要

『六人の嘘つきな大学生』は、就職活動の最終選考で集められた6人の大学生が、「ひとりだけ内定」という条件のもとで互いの秘密を暴かれていくミステリーです。舞台は、成長企業の新卒採用。最終面接の場として用意されたグループディスカッションが、ある瞬間から“告発ゲーム”に変わってしまう。

この作品の怖さは、殺人や怪異ではなく、社会の中で「好かれる自分」を作ってきた人たちの脆さにあります。面接で語る理想、自己PR、志望動機。その全部が、他人の評価を前提に組み立てられている。そこへ“暴露”が入ったとき、人はどこまで自分を保てるのか。就活という現代の儀式を、ミステリーの装置として使うのが上手いんですよね。

読みどころ

1冊で二度おいしい構造

物語は、最終選考の密室的な場面だけで終わりません。時間が進み、あの出来事が「人生にどう残るか」まで描かれる。だから、単発の事件としてスパッと終わるより、後味が残ります。読者も一緒に「当時の自分たちは何を見落としていたのか」を考え直すことになります。

この構造があるおかげで、就活の一日が“青春の事故”で終わらず、社会に出た後の現実へまでつながっていきます。あの場で言った言葉、言わなかった言葉が、後から違う意味を持ち始める。ミステリーとしての再読性も高いです。

“嘘”の種類が多い

嘘って、悪意のものだけではないですよね。見栄、保身、優しさ、沈黙、言い換え。就活では特に、嘘と建前が混ざりやすい。本作はその混ざり方を丁寧に拾い、誰か一人を単純に悪者にしないまま、疑心暗鬼だけを増幅させていきます。

しかも、嘘は「つく」だけじゃなく、「つかされる」こともある。求められる人物像に合わせて言葉を整えるうちに、本音がどこかへ行ってしまう。その空気の怖さが、じわじわ効きます。

本の具体的な内容

最終選考に残った6人は、和やかな雰囲気でグループディスカッションを始めます。ところが、場に“告発文”が持ち込まれたことで空気が一変する。そこに書かれているのは、彼らの過去や秘密に関わる内容です。誰が用意したのか、何の目的なのか。疑うしかない状況が作られ、言葉の一つひとつが刃になります。

この場面は、ミステリーの装置としてだけでなく、就活という制度の残酷さを可視化する装置にもなっています。競争のルールがあるだけで、人は“正しく疑う”方向へ誘導されてしまう。しかも相手は、同じ境遇の学生。敵にしたくない相手ほど、疑わなければならない空気が濃くなる。読んでいて胃がきゅっとなります。

さらに物語は、その出来事から時間が経った後へも進みます。就活の一日が、その後の人生にどう影を落とすのか。あの場にいた人たちは、何を抱えて生きてきたのか。事件の真相だけでなく、“残り方”まで描くことで、読後の余韻が強くなります。

後半に入ると、読者の視点も変わります。「犯人当て」だけでなく、「なぜそうなったのか」「どこで選択が分岐したのか」を見たくなる。事件の正解より、事件が生む歪みの方が気になってくる。ここで、ミステリーの読み味が一段深くなる印象でした。

類書との比較

就活や企業選考を扱う作品は、青春群像や成長物語に寄りやすいですが、本作は「評価される場」の残酷さを、ミステリーの形式で見せます。誰かを蹴落とさなくても、条件がそうさせてしまう。制度が人を変える怖さが、ホラーみたいに効いてきます。

また、密室での心理戦ものは、駆け引きの派手さで読ませることが多いです。本作はそこに「11年後」という時間のレイヤーを重ねることで、単なる勝ち負けの快楽から外してきます。だから、読後に「面白かった」だけで終わらず、ちょっと苦いものが残ります。

“就活ミステリー”としての設定は特殊に見えますが、読後に残るのはもっと普遍的な問いです。人は、どこまで他人に良く見せたいのか。自分の物語を、どこまで都合よく整えてしまうのか。だから、就活経験がない人でも「評価される場」を経験したことがあるなら刺さると思います。

こんな人におすすめ

  • 心理戦・告発ゲーム系のミステリーが好きな人
  • 就活や評価の場で、建前に疲れた経験がある人
  • 読後に“もう一度見直したくなる”構造の作品が好きな人
  • テンポよく読めるのに、後味が残る小説を探している人

感想

この本を読んで一番しんどかったのは、「自分も同じ場にいたら、似た嘘をついていたかもしれない」と思わされるところです。誰かを騙すための嘘ではなく、評価されるための嘘。弱みを隠すための嘘。場を壊さないための嘘。そういう嘘は、日常にもたくさんあるし、就活はそれが濃縮される場所でもあります。

だからこそ、6人の言動を「この人が悪い」で片づけられない。誰もが少しずつ正しくなくて、少しずつ切実で、少しずつ嘘つき。読み進めるほどに、ミステリーとしての面白さと、現代の空気の苦さが両方立ち上がってきました。スリリングなのに、読後に静かになる。そういうタイプの一冊です。

読むならできれば、事前情報を入れすぎずに入るのがおすすめです。どこからでもネタバレになりやすい構造なので、知らないまま、6人と一緒に疑い、揺れ、考えた方が面白い。読み終えた後にもう一度タイトルを見ると、「嘘つき」の意味が少し変わって見えるはずです。

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    佐々木 健太

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