レビュー
概要
『成瀬は天下を取りにいく』は、滋賀・大津を舞台に、成瀬あかりという“我が道”の中学生(のち高校生)を軸にした連作短編集です。青春小説なのに、甘さが少ない。むしろ笑っているうちに、こちらの気持ちが整えられていくタイプの本です。成瀬は自己肯定の強い人というより、自分の好奇心と計画に忠実な人です。その律儀さが、読者の背中を押します。
物語は、成瀬の幼馴染である島崎みゆきをはじめ、周囲の視点でも語られます。すると成瀬の“変さ”が、迷惑な自己中ではなく、場の空気を変える装置として見えてくる。読後に残るのは、青春の眩しさより「明日もやってみるか」という実務的な元気です。
具体的な内容:西武大津店、M-1挑戦、坊主頭、そして琵琶湖のミシガン
最初の章では、中学2年の成瀬が「この夏を西武に捧げる」と宣言し、閉店を控えた西武大津店に毎日通います。目的はローカル番組「ぐるりんワイド」の生中継に映ること。西武ライオンズのユニフォーム姿で通い続けるのに、中継はなぜか成瀬を避けるように進む。この“外し”が面白いです。成瀬の勝利は、テレビに映ることより、通い切ることにあります。
次の章では、成瀬が島崎を巻き込んで漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成し、M-1グランプリに挑みます。M-1の控室の空気や、アマチュアがプロをちらちら見てしまう感じが妙にリアルで、笑いながらも緊張が伝わってきます。ゼゼカラのネタも作中に出てきて、ちゃんと“それっぽい”。文化祭の自由発表にまで出ると言い出す成瀬の勢いが、島崎のツッコミによって現実に着地します。
さらに成瀬は、実験のため坊主頭にし、「二百歳まで生きる」と宣言します。突飛だが、本人の中では論理が通っている。その論理が、周囲を巻き込みながらも壊さないのが良いです。
後半には、かるた大会や、琵琶湖の観光船ミシガンでのデートなども出てきます。成瀬が他者の視線へ入り込んだときの“ズレ”も描かれる。成瀬は恋愛の文法に乗り切らず、乗り切らないまま相手を救ってしまう。ここが可笑しくて、少し切ない。
また、成瀬の外側から語られる章も効きます。滋賀から大阪へ通勤する社会人が、西武大津店の閉店をきっかけに旧友と再会し、同窓会を企画したり、転校して音信不通になった同級生を探すためのWebサイトを作ったりする。成瀬は直接登場しないのに、成瀬が作った“渦”が町全体へ波及しているのが分かります。青春小説でありながら、土地の記憶の小説でもあると感じました。
読みどころ:成瀬の「変さ」が、他人の言い訳を剥がしていく
成瀬は、夢を語るタイプでも、努力を見せつけるタイプでもありません。やりたいからやる。やると決めたらやる。その単純さが、周囲の人の言い訳を剥がしていきます。「忙しい」「今はタイミングが悪い」と言いがちなところを、成瀬は行動で越えてしまう。だから読者は、成瀬の奇行で笑いながら、同時に自分の腰の重さを思い知らされます。
もうひとつの魅力は、島崎との関係です。島崎は自分を凡人だと思いながら、成瀬に引きずられて前へ出ていく。コンビ名を考えたり、場を整えたり、成瀬の暴走を止めたりする。成瀬が主人公なのに、島崎もまた成長の中心にいる。2人の相互作用が、連作全体の背骨になっています。
類書との比較
“変わった天才”が周囲を振り回す青春小説はありますが、本作の成瀬は、天才というより「生活者のまま規格外」なのが新しいです。地元の百貨店、ローカル番組、自治会の夏祭り。舞台が具体だから、成瀬の行動も手触りを持ちます。
また、青春を美談にまとめないところも良いです。コロナ禍の閉店、家族の出来事、同窓会の延期。思い通りにならない現実がある。それでも、成瀬はやる。だから読後の元気が、根性論ではなく現実対応として残ります。
こんな人におすすめ
- 自分の行動の腰を軽くしたい人
- 地方の生活感がある青春小説を読みたい人
- 連作短編でテンポよく、でも余韻は深い本を探している人
感想
この本を読んで嬉しかったのは、成瀬が“好かれるため”に変なことをしていない点です。承認欲求で突っ走るのではなく、好奇心と計画で動く。その結果として周囲が動く。順番が逆です。だから成瀬の存在が、読者にとっても「こうしてみてもいいのか」という許可になります。
西武大津店に通う章は、とくに沁みました。閉店は止められない。映るかどうかもコントロールできない。それでも通う。そこで得られるのは成果というより、自分が自分でいる感覚です。成瀬の天下取りは、社会的な成功の話ではなく、自分の手綱を握る話なのだと感じました。元気が欲しいときに、効き目のある一冊です。
読み終えたあと、大津の街角に成瀬が立っていそうな気がします。現実に負けないフィクションの強さが、ちゃんと残る。続きが読みたくなるのは、成瀬の未来だけでなく、自分の明日の動き方まで少し変わるからだと思いました。